書道家に字を褒められた父親は旅館の至る所に字を書き、貼り出し始めた。
「タケシ!どうだ!この言葉。凄いだろ?深いだろ?」
あたかも自分で思いついた名言のように話すが、これは新選組の近藤勇の言葉だった。
「お父さん。ダメだよ!これ、パクリでしょ!自分の言葉みたいに書いたら問題だよ」
「ダメか…分かった…」
しばらくして父親から電話が来て「凄い素敵な言葉を思いついた。書いてみたから見に来てくれ!」と言われた。旅館につくと、大きな文字で…
と書かれていた。
「あいだみつをだ… コレ、あいだみつをの『だってにんげんだもの』じゃないか…」僕は震えた。
「良いだろ? この言葉… やっぱ人間じゃん! いやぁ…深いよなぁ…」
それから数日するとまた父親から電話があった。
「タケシ。俺、凄い商品を思いついたんだよ。ちょっと来てくれないか?」
旅館に着くと父親は真剣な顔で語り始めた。
「あのな。今日、シートベルトの取り締まりしてたんだわ。で、ほら。山田ん家の爺ちゃん、可哀想に捕まっててさ…その姿見てたら…俺、思いついたんだわ!」
そう言って父親は真っ白なグンゼのシャツを取り出した。
そのグンゼの白シャツはマジックで斜めに真っ黒な線が描かれていた。
「どうだ!コレ。このシャツ着てれば、もし、シートベルトをするのを忘れてしまっても…パッと見たら、シートベルトしてるように見えるだろ? コレは売れるぞ!」
「お父さん。ダメだよ。2重の意味でダメ。法律違反だし、売れないよ…」
そして、ある夏の日に父親から電話があった。
「カブトムシを売るぞ! これからはカブトムシの時代だ!哀川翔も言ってるぞ!」
旅館に行くと何十匹ものカブトムシがいた。
「村で取れたカブトムシ!100円!」 と大きな文字で看板が書かれていた。
「お父さん こんなに沢山のカブトムシいつ取ったの?」
「あー、これか。外国産のやつ業者から買ったんだ。で、しばらくそこに放しておいて、また取ったんだよ。生まれは外国、育ちは日本だ」
熊本産あさりと同じ手法である。あさりより何十年も前にこの国ではカブトムシ偽装が行われていたのである。
翌日、仕事に出勤すると会社の上司が話しかけてきた。
「タケシくん。今朝ね…深夜にゴーン、ゴーンって大きな音が聞こえて…外を見たらお父さんが看板を道路沿いに打ち付けていたよ…」
カブトムシ100
その看板を父親はバイパスの降り口から旅館までの10㎞程の距離に何百本と打ち付けていた。
無許可。許可など取っていないのである。
この人にあるのは勢いだけだ。
カブトムシ100の看板は話題になり、新聞にも掲載された。
それから数日後、旅館に行くとカブトムシがいなくなっていた。
「お父さん カブトムシは?どうしたの?」
「あー、アレか。看板見た人がまとめて買っていったわ。ガーナ人だったかな?なんか外国の人がまとめて欲しいって言ってな。まとめて買っていったわ」
帰ったのである。
外国生まれ、日本育ちのカブトムシは外国に戻ったのだ。
セブンイレブンやローソン、ファミリーマート…それぞれのコンビニで多量にパンを購入してきて旅館で売っていたこともある。
ローソンの『からあげくん』に影響を受けたのであろう。
旅館で揚げた唐揚げをパックに放り込んで…「出来たぞ!『からあげさん』だ!」と売っていたこともある。
とんでもない父親だが、貫き通していた信念がある。
笑売繫盛
商売ではなく、笑売
商品を売るのではなく、笑いを売る。
コンビニのパンも定価で売っていた。遠くの店に買い物に行けない爺ちゃん、婆ちゃんがパンを買えるように。
カブトムシも人口が減り、話題のない過疎の村を盛り上げるための話題づくり。
儲けはあとからついてくる。
見返りを求めず… 喜んでもらうこと。笑ってもらうこと。
商売の基本。笑売の基本。
素敵な信念な気がするこの頃…