それは高校一年の夏休みの朝だった。
「あれ?…お父さんは?」
いつもなら腹を空かせた牛が牧草を貪り食うような勢いで朝食を食べているはずの父親の姿がない。
「なんかね…明け方に山に行くって言って…まだ帰ってこないのよ。何かあったんじゃないかと…」と心配する母親。
その時、けたたましいサイレンの音が朝の静寂を打ち破った。
ふと外を見ると、家の前の道路を何台ものパトカーが山に登って行った。
「なに?なに?お父さん…もしかして事故にあったのかも…どうしようタケシ…」
しばらくすると家の電話が鳴った。
「もしもし警察署ですが…お父さんなんですが、少しトラブルを起こしていて…今、電話代わりますので…」
「おっ!たけし、おはよう。あのな…俺、観光地を作ろうと思ってな。朝から木を切ってたんだけどよ。なんかそれ切っちゃいけない木だって言うんだよ。知らんよな。そんなこと(笑)」
「なに?お父さん。何言ってんの?観光地を作るってどういうこと?ちょっと警察の人に電話代わって」
「あっ、息子さんですか?お父さんね。なんかここに観光地を作るんだって繰り返してて…お父さんね、国有林を切っちゃったんですよ。分かります?国の木ね、日本国の木。これ勝手に切っちゃまずいんですよ。今、役所の人に連絡して対応してもらいますからね。また連絡します」
「お母さん。お父さん 国有林切っちゃったんだって!」
「えー!それどうなるの?お父さん捕まるのかしら…もう、本当嫌だわ。あの人」
それから2時間ほど経って父親が軽トラに乗って帰ってきた。
「お父さん。どうしたの?大丈夫だったの?何やってんだよ!」
「おー。たけし。危なかったわ。まぁ、色々あったけど、話しついたから大丈夫だ」
母親は泣いていた。父親は泣いている母親をじっと見つめて言った。
「ダメだよな。国有林です!って書いておいてくれなきゃ」
そこじゃないよ。そこじゃないんだよ。お父さん…
結局、どんな話し合いが行われたのか分からない。ただ、父親は逮捕されず、その後も山に通った。
そして、1か月後…
「たけし。観光地が出来たぞ。八方の風穴だ!」
何がどうなったのか…この八方の風穴は市の広報にも乗り、新聞やテレビなどにも紹介された。そして、いつの間にか駐車場まで作られ、多くの人が訪れることになった。
僕は思う。
父親は村に伝わっていた伝説と言っていたが、それは父親が創り上げた伝説だろう。
「たけし。国定忠治について調べてくれ」
ある日、急に国定忠治について調べ始めた父親。
父親は人面岩と言っていたが、人面岩と名付けたのは父親ではないか。
「たけし。お前、石掘れないか?顔っぽく見えるように掘って欲しいんだよなぁ」
そう言われたことを覚えている。
動かなきゃ始まらないことがある。
結果なんて分からない。分かる訳ない。
過去には戻れない。未来は不確か。
確かなのは今だけ。
今を生きるんだ。
動く前にやり方を考えても始まらないだろ?
動きながらやり方を考えるんだ。
人生は旅だ。目的地に辿り着くことが目的じゃない。
目的地までの道のりを楽しむことだ。
観光地がないなら作っちまえば良い。
伝説がないなら作っちまえば良い。
人面岩が欲しければ掘っちまえば良い。
国有林は切っちゃダメだけど…
滅茶苦茶な人だが、滅茶苦茶だから出来ることがあるような気がする。