慌ただしいという字は人が荒れると書き、忙しいという字は人が亡くなると書く。
荒れましたねぇ…もはや人では無くなっていたのかも知れません。
なんでしょうこの慌ただしさと忙しさは…という毎日を過ごし、早いもので今年も残すところあと340日程となりました。
皆様いかがお過ごしですか?
「明日から筋トレをするぞ!」と心に決めて、「明日からだから…今日は自由に好きな物を食べちゃおう!」といつもよりも暴飲暴食。
その後、いつになっても明日がやって来ません。そんな年明けです。
どうして糖やら油やら脂やら…体に悪いものはこんなにも美味しいのでしょうか?
「神様っていじわるだよね。よし、明日こそ筋トレをするんだ」そう思いながら、布団でゴロゴロしていた時、ふと昔、聞いた話を思い出しました。
ある温泉旅館で主人が日頃の感謝を込めて、お風呂掃除の後に従業員に良く冷えた牛乳を出した。
「汗かいた後にこんなに美味いものないねぇ」と喜ぶ従業員。
だが、牛乳が1週間続くと、ただ一人を除いて誰も喜ばなくなった。
ただ一人を除いて…誰も喜ばなくなった。
その従業員はまるで初めて牛乳を飲むように毎日毎日、「汗かいた後にこんなに美味いものないねぇ」と大喜びしていた。毎日毎日、まるで初めて牛乳を飲むように…
ただ一人。ただ一人だけがこの世を楽しく生きる秘密を知っていた。
これだけの話。
聞いた時は「めっちゃ牛乳が好きなんだなぁ」としか思わなかった。
でも、今、なんとなく分かった気がする。
人はいつか必ず慣れてしまう。当たり前になってしまう。
最初は驚くほど美味しかった仕事終わりの牛乳も…初めて食べたトンカツも…
最初はあんなに緊張して興奮した自動車の運転も…
あの子と手を繋いだことも…強く抱きしめたことも…どんなことでも…
人はいつか必ず慣れてしまう。当たり前になってしまう。
でも、当たり前を当たり前にしちゃダメなんだ。
まるで初めて牛乳を飲んだかのように…
まるで初めてトンカツを食べたかのように…
まるで初めて車の運転をしたかのように…
まるで初めてあなたと出会ったかのように…
感覚を研ぎ澄まして…牛乳を味わってみる。トンカツを味わってみる。
初めて運転するかのように自動車を運転してみる。
改めてあなたをしっかり見つめてみる。
あなたという存在をしっかり感じてみる。
例えば 歩くこと一つを取ってみても…
歩くことを味わってみる。
足が上がる感覚、踵が床につく感覚、足の指が地面を踏みしめる感覚…
そのひとつひとつを味わってみる。
特別なことなんて滅多に起きない。
宝くじがあたるようなとんでもない幸運は滅多に運ばれてこない。
僕らに運ばれてくる出来事のほとんどは何でもない、当たり前の日々なんだ。
大切なことはその当たり前を当たり前にせずに…
まるで初めてのように味わうことなんだと思う。
同じような日々の繰り返しの中で、当たり前のような出来事の連続を
まるで初めてのように味わうことなんだと思う。
さて、家に帰ろう。
どこからなにやらカレーの匂い。
さて、家に帰ろう。
今日を味わおう。