きのみきのまま なすがまま

楽しもうと思わなきゃ楽しくないよ

火事

忘れもしないあの日のことは…忘れようと思っても忘れられないあの日。

 

あの日、僕は仕事終わりにヤマダ電機で携帯のワイヤレス充電器を買っていた。

 

どれにしようかと迷っている時に携帯が鳴った。

 

友達からの電話だった。

 

「もしもし、燃えてるよ!火事。今、旅館が燃えてる!」

 

「えっ!?なに?火事?」

 

僕は車に飛び乗って、旅館に向かった。

 

ボヤ程度なのか…そう思いながらハンドルを握り、車を走らせる。

 

途中、流れる景色の真ん中で黒い煙が立ち上っているのが見えた。

 

「えっ!めっちゃ燃えてる…」そう思いながら車を走らせる。

 

旅館が近付くと消防車とパトカーの赤色灯が夜空を赤く照らしていた。

 

そして、その奥の夜空はまるで野球場の照明のように明るく、とんでもない量の煙が夜空を包んでいた。

 

「ダメです!この先は入れません!」

 

「息子なんです。旅館が燃えてると聞いて…」

 

車を通してもらい、坂を上がると旅館が見えてきた。

 

燃えている。ボヤなんてもんじゃない。まるで龍のように火が立ち昇っている。

 

車を降りて走る。

 

旅館の前に父親と母親がいた。

 

消防隊員が放水を続ける中、僕は走った。

 

燃え上がる旅館を見上げるように父親は座り込んでいた。

 

「お父さん!大丈夫?」

 

「おっ…タケシ…お前、来たのか?…旅館燃えちゃったわ…」

 

かける言葉もない。こういう時に人はかける言葉を持っていない。

 

だから、僕は父親の肩をポンポンと叩き、座った。

 

何も語らず、父親と母親とただ燃え上がる旅館を見つめていた。

 

「お父さん!お父さんは煙を吸ってしまっているのでこれから救急搬送になります。すぐにこちらに来てください」

 

救急隊に声を掛けられ、現実に引き戻される。

 

「誰か救急車に同乗出来る人はいますか?」

 

「母親が乗っていきます。お母さん救急車乗っていって」

 

そう伝えた時、母親が泣きながらこう言った。

 

「タケシ…ごめんね。心配かけて…でも、ひとつだけ…」

 

そう言って母親は僕の胸あたりを指さした。

 

「なに?」

 

僕はその時、自分の着ているTシャツを見た。

 

その日、偶然にも僕が着ていたTシャツには…

 

舌を出した猫が中指を立て…その頭上にはFIRE とデカデカとしたロゴが入っていた。

 



「犯人は現場に戻る」というが、これではまるで放火魔みたいではないか…

 

「ご長男さんですか?搬送先病院が決まりました。これから向かいます!」

 

夜空を真っ赤に照らす火と龍のように立ち昇る黒煙を背景に、僕はくるくると回る救急車の赤色灯を見送った。

 

胸元を両手で押さえながら…まるで祈るように…

 

          必死に祈る人のイラスト(男性)

 

父親の無事を神に祈っているかのように救急隊員の目には映っただろう…

 

「お父さん、ごめん。ロゴを隠したかっただけなんだ…」

 

火事は怖い。

 

放火の罪は殺人と同じ重さに設定されているほどである。

 

火事は一瞬で全てを灰にしてしまうのだから…

 

諸行無常

 

「形あるものはいつか壊れる」

 

「ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」

 

人の世は何と儚いものだろう。数百年続いた旅館も一瞬で灰になってしまう。

 

あの日以来、形のないものを大切にしようと思っている。

 

心や思い、気持ち、ぬくもり、優しさ、信頼、愛……

 

全てが灰になった時に残るのは形のないものだ。

 

アップルCEO スティーブジョブスの最後の言葉と言われる言葉がある。

 

私はビジネスの世界で成功の頂点に立った。

他の人から見たら私の人生は成功の縮図に見えるだろう。

でも、仕事を除くと喜びの少ない人生だった。

人生の終わりに富なんてものは私が積み上げた単なる事実に過ぎない。

病気で寝ていると人生が走馬灯のように思い出される。

私がずっとプライドを持っていたこと…人に認められることや富は迫る死を前にして色褪せる。そして何も意味をなさなくなっている。

この暗闇の中で生命維持装置のグリーンのランプが点滅し、機械的な音が聞こえる。

神の息遣いが聞こえる。死が近付いてきている。

今になってやっと気付いたことがある。

人生において富を築いた後は富と関係のない他のことを求めた方が良い。

もっと大切な他のこと。

それはある人には人間関係や芸術、または若い頃からの夢かも知れない。

終わりを知らない富の追求は人を歪めてしまう。私のように…

神は誰の心の中にも富によってもたらされた幻想ではなく…

愛を感じることの出来る感覚というものを与えてくださった。

私が勝ち得た富は私が死ぬときに一緒に持っていけるものではない。

私が持っていけるものは愛情に満ち溢れた思い出だけだ。

これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、

あなたに力を与えてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

愛は何千マイルも超えて旅をする。

人生に限界はない。行きたいところに行きなさい。

望むところまで高峰を登りなさい。

すべてはあなたの手の中にあるのだから。

物質的な物は無くしてもまた見つけられる。

でも、1つだけ無くしてしまっては見つけられないものがある。

それは人生だよ。

それは生命だよ。

あなたの人生がどのようなステージにあったとしても…

誰もがいつか人生の幕を閉じる日がやってくる。

だからあなたの大切な人のために…

あなたが愛する人のために…

愛情を大切にしてください。

そしてもっと自分を丁寧に扱ってあげてください。

他の人を大切にしてください。

 

メメントモリ 死を想えというラテン語がある。

 

命を大切にするように。今を大切にするように。

 

命を限りあるものにしたのかなぁ。神様は。

 

終わりがあるから、限りがあるから、いつか誰もが灰になるから。

 

今を大切に。

 

生きることを大切に。

 

形あるものより 形ないものを大切に…

 

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