その日は会社の飲み会だった。
そろそろお開きになろうかという時、久しぶりに地元の友人から電話がかかってきた。
「タケシ。久しぶり。突然、電話してごめん。あのさ…今日、お前の親父の旅館で飲み会だったんだけど…ちょっと気になることあって…電話したんだ」
「なになに?どうした?親父なんかやらかした?」
「やらかしたっていうかさ…今、お前の親父が帰りのマイクロバス運転して帰ってきたんだけどさ…お前の親父…ビショビショだったんだよ。バスの床にも水が滴っててさ…親父、いつもなら喋り続けてるのに一言も喋らなかったし…」
電話を切って、心配になった僕は母親に電話をした。
「あっ、もしもし。お母さん。今さ、友達から電話があって…親父がビショビショになってバス運転してたって言うんだけど…何かあった?」
「あっ…タケシ。ごめん。またこっちから電話する。ちょっとお父さん…でも、大丈夫だから。また電話する」
そう言って母親は震える声で電話を切った。
1時間後、母親から電話がきた。
「タケシ。びっくりさせてごめんね。お父さんなんだけど、ちょっと火傷しちゃってさ…揚げ物してたんだけど、忘れちゃって…でも、自分で消火器で消したから火事にはならなかった」
「えっ?大丈夫なの?」
「うん。今、病院で治療を受けてるけど…大丈夫だって言ってる」
「お父さんと電話替われる?」
「おー。タケシ。心配かけたな。ちょっとした火傷だ。大丈夫だぞ」
「お父さん…友達からバスをビショビショのまま運転してたって聞いたけど…」
「いや、結構、火が出てな…消火したんだけど、こりゃ、火傷したなって思ったから…火傷は冷やせって言うだろ?だから、そのまま旅館の風呂に飛び込んで…時間になっちまったからそのまま送迎したんだよ」
翌日、母親からの電話で父親の火傷は決して軽傷ではないこと、皮膚が焼け爛れていて火傷痕が残る可能性があること、皮膚科では手に負えなくて形成外科を紹介されたことを聞いた。心配になった僕は実家に向かうことにした。
「ただいま。お父さん大丈夫?」
「おー!タケシ。心配かけたな。全然大丈夫だぞ!あの日はな、お客さんが…」
饒舌に話し続ける父親を見て僕は気付いた。
父親は常に斜めに座っているのである。右半身を見せないように話しているのである。
「お父さん…あのさ…真っ直ぐ座って見てよ」
僕と向かい合った父親の右半身は赤黒く火傷していた。
想像していたよりひどい火傷の傷に僕はショックを受けた。
母親が涙声で「もしかしたらずっと痕が残るかも知れないの…お父さんが一番辛いと思う…」と言った。
静けさだけが耳に残る。
父親が意を決したように神妙な声で話しを始めた。
「なぁ…キカイダーって知ってるか?」
何を言い出しているんだ。この人は…この状況で…キカイダー?…
「タケシ。調べてくれ。それで全て分かるから」
「お父さん。そっくりだろ」
確かにそっくりだった。だが、何を伝えたいのだろう。この人は…
父親はまた話し始めた。
「良いか。今日、家族に父親としてどうしても伝えたいことがある。心して聞いて欲しい」
キカイダーが真剣な表情で家族と向き合っている。笑ってはいけないんだ。今は…
「今回、お父さんは消火器で火に立ち向かった。何とか消すことが出来たが…火傷を負って…今じゃ、キカイダーだ」
えっ…今じゃキカイダーなのか? この人は…
「良いか。父親としてみんなに伝える!」
「火を消す時は右側だけ体を向けて消したらダメだ!右・左・右・左…バランス良く!時には右・右・左・左…バランス良く火に体を向ける。そうしないとお前らもキカイダーになってしまうんだ」
「父さん…そこじゃない。気付くべきことはそこじゃないよ…」
その後、父親の火傷は奇跡的に回復し、傷も残らず過ごしている。
キカイダーのデザインは人体模型をモチーフにしているそうだ。
青色の身体は正義の心、赤色の身体は悪の心を表している。
いつも正義の心と悪の心の狭間で揺れながら戦う人造人間キカイダー。
人間という生き物は完璧でもなければ、完全でもない。
だけど、不完全だからこそ美しいんだと思う。
完璧じゃないからこそ人間は愛おしい存在なんだ。
あなたの足りないところ あなたの弱いところ あなたの欠けているところ
私が補ったり、支えたり…
わたしの足りないところ わたしの弱いところ わたしの欠けているところ
あなたが補ったり、支えたり…
完璧じゃないから補い合える
不完全だから支え合える
それって実は完璧なんじゃない?