バイ~ン!
あまりイライラすることがないんだが…
我慢できずにカスタマーセンターに電話をした。
ニトリのNフィットシリーズのシーツ知ってますか?
簡単寝具で家事が楽々! これは素晴らしいではないかと思い、購入。
うちは布団なんだけど、このシーツめっちゃ良かった。
ピシーっとフィットしてシワもできない。
素晴らしい1週間を過ごし、洗濯。良く乾かして…さぁ!またピシーっとさせるぞ!と思ったところ事件は起きた。
シーツを布団の端にかけて、引っ張って…さぁ、ピシーっとさせんぞ!って思うと
布団が バイ~ン!って折れ曲がる!
えっ?なにこれ?💦 引っ掛け方が悪いのかと思って必死に引っ張って…布団の端と端にシーツをかけると…
バイ~ン! と布団が折れ曲がる。
汗だくになって5回 布団の端と端にシーツをかけると…
バイ~ン!
くそっ!なんだよ!これ!
もう最後は必死の体勢で右足で布団を押さえながら…シーツを布団の端と端にかけて…
はい。また
バイ~ン!!
くそっ! 僕は叫び、シーツを投げつけた。
洗濯したら縮んだじゃねぇか!
滅多にイライラしないんだけど、繰り返されるバイ~ンが許せなくて、ニトリに電話。
「素晴らしい商品だった。ピシーっとなって…でも、洗濯したら縮んじゃって、バイ~ンってなる。ピシーっじゃなくてバイ~ンってなるんです」
「基本的に洗濯で縮むことはないと思うのですが…ご迷惑をかけしました。レシートがなくても良いので当該商品お持ちいただけますか?」
商品をニトリに持っていく前に、バイ~ンってなるところを動画に残した方が分かりやすいと思い、最後のバイ~ン撮影に取り組むことにした。
投げ捨てたシーツを引き寄せ、布団の端と端にシーツを引っ掛けた。
さぁ、来い。バイ~ン!
あれ…? あれ…?
なんだ、これ…
ピシーっとなってるじゃないか!
何が起きた。この短時間でシーツに何が起きたんだ。
バイ~ンはどこに… バイ~ンはどこにいったんだ…
その時、僕は気付いた。
横にしていたんだ…
僕は縦にかけるシーツを横にして使っていたんだ。
横にしたからバイ~ン!ってなっていたんじゃないか…
ごめん。ニトリ。本当にごめんなさい。Nフィットシリーズ。
ピシーっとなる君を横にして…バイ~ン!ってさせていたのは僕だ。
「もしもし、先程、シーツの件で電話をしたものです。申し訳なかったです。ピシーっとなりました。洗濯で縮んでなんていませんでした。縦に使うべきシーツを横に使って…バイ~ン!とさせていたのは僕です。ごめんなさい」
何をやってもうまくいかない。そんな日が続くことがある。
そんな時はやり方を変えてみると良い。
人生を縦にしてみたり、横にしてみたりしてみることだ。
生きていく上で 視点を変えることは凄く重要で…
ある人にはどん底だと思えることが、ある人にはチャンスになることがある。
同じ坂でも
上から見たら下り坂で
下から見たら上り坂だったりする。
同じシーツでも ピシーっとなったり、バイ~ン!ってなったりするんだ。
何度、転んでも良い。何回、失敗しても良い。
何度、バイ~ン!ってなったとしても恥ずかしがることなんてない。
何度でも立ち止まって、また何度でも走り始めればいい。
必要なのは走り続けることじゃない。走り始め続けることだ。
(竹原ピストル オールドルーキー)
僕は何度、バイ~ン!ってなっても諦めない。
いつか必ずピシーっとするんだ。
そう思って今日もゆっくりニトリのシーツで眠ります。
火事
忘れもしないあの日のことは…忘れようと思っても忘れられないあの日。
あの日、僕は仕事終わりにヤマダ電機で携帯のワイヤレス充電器を買っていた。
どれにしようかと迷っている時に携帯が鳴った。
友達からの電話だった。
「もしもし、燃えてるよ!火事。今、旅館が燃えてる!」
「えっ!?なに?火事?」
僕は車に飛び乗って、旅館に向かった。
ボヤ程度なのか…そう思いながらハンドルを握り、車を走らせる。
途中、流れる景色の真ん中で黒い煙が立ち上っているのが見えた。
「えっ!めっちゃ燃えてる…」そう思いながら車を走らせる。
旅館が近付くと消防車とパトカーの赤色灯が夜空を赤く照らしていた。
そして、その奥の夜空はまるで野球場の照明のように明るく、とんでもない量の煙が夜空を包んでいた。
「ダメです!この先は入れません!」
「息子なんです。旅館が燃えてると聞いて…」
車を通してもらい、坂を上がると旅館が見えてきた。
燃えている。ボヤなんてもんじゃない。まるで龍のように火が立ち昇っている。
車を降りて走る。
旅館の前に父親と母親がいた。
消防隊員が放水を続ける中、僕は走った。
燃え上がる旅館を見上げるように父親は座り込んでいた。
「お父さん!大丈夫?」
「おっ…タケシ…お前、来たのか?…旅館燃えちゃったわ…」
かける言葉もない。こういう時に人はかける言葉を持っていない。
だから、僕は父親の肩をポンポンと叩き、座った。
何も語らず、父親と母親とただ燃え上がる旅館を見つめていた。
「お父さん!お父さんは煙を吸ってしまっているのでこれから救急搬送になります。すぐにこちらに来てください」
救急隊に声を掛けられ、現実に引き戻される。
「誰か救急車に同乗出来る人はいますか?」
「母親が乗っていきます。お母さん救急車乗っていって」
そう伝えた時、母親が泣きながらこう言った。
「タケシ…ごめんね。心配かけて…でも、ひとつだけ…」
そう言って母親は僕の胸あたりを指さした。
「なに?」
僕はその時、自分の着ているTシャツを見た。
その日、偶然にも僕が着ていたTシャツには…
舌を出した猫が中指を立て…その頭上にはFIRE とデカデカとしたロゴが入っていた。

「犯人は現場に戻る」というが、これではまるで放火魔みたいではないか…
「ご長男さんですか?搬送先病院が決まりました。これから向かいます!」
夜空を真っ赤に照らす火と龍のように立ち昇る黒煙を背景に、僕はくるくると回る救急車の赤色灯を見送った。
胸元を両手で押さえながら…まるで祈るように…

父親の無事を神に祈っているかのように救急隊員の目には映っただろう…
「お父さん、ごめん。ロゴを隠したかっただけなんだ…」
火事は怖い。
放火の罪は殺人と同じ重さに設定されているほどである。
火事は一瞬で全てを灰にしてしまうのだから…
「諸行無常」
「形あるものはいつか壊れる」
「ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」
人の世は何と儚いものだろう。数百年続いた旅館も一瞬で灰になってしまう。
あの日以来、形のないものを大切にしようと思っている。
心や思い、気持ち、ぬくもり、優しさ、信頼、愛……
全てが灰になった時に残るのは形のないものだ。
アップルCEO スティーブジョブスの最後の言葉と言われる言葉がある。
私はビジネスの世界で成功の頂点に立った。
他の人から見たら私の人生は成功の縮図に見えるだろう。
でも、仕事を除くと喜びの少ない人生だった。
人生の終わりに富なんてものは私が積み上げた単なる事実に過ぎない。
病気で寝ていると人生が走馬灯のように思い出される。
私がずっとプライドを持っていたこと…人に認められることや富は迫る死を前にして色褪せる。そして何も意味をなさなくなっている。
この暗闇の中で生命維持装置のグリーンのランプが点滅し、機械的な音が聞こえる。
神の息遣いが聞こえる。死が近付いてきている。
今になってやっと気付いたことがある。
人生において富を築いた後は富と関係のない他のことを求めた方が良い。
もっと大切な他のこと。
それはある人には人間関係や芸術、または若い頃からの夢かも知れない。
終わりを知らない富の追求は人を歪めてしまう。私のように…
神は誰の心の中にも富によってもたらされた幻想ではなく…
愛を感じることの出来る感覚というものを与えてくださった。
私が勝ち得た富は私が死ぬときに一緒に持っていけるものではない。
私が持っていけるものは愛情に満ち溢れた思い出だけだ。
これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、
あなたに力を与えてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。
愛は何千マイルも超えて旅をする。
人生に限界はない。行きたいところに行きなさい。
望むところまで高峰を登りなさい。
すべてはあなたの手の中にあるのだから。
物質的な物は無くしてもまた見つけられる。
でも、1つだけ無くしてしまっては見つけられないものがある。
それは人生だよ。
それは生命だよ。
あなたの人生がどのようなステージにあったとしても…
誰もがいつか人生の幕を閉じる日がやってくる。
だからあなたの大切な人のために…
あなたが愛する人のために…
愛情を大切にしてください。
そしてもっと自分を丁寧に扱ってあげてください。
他の人を大切にしてください。
命を大切にするように。今を大切にするように。
命を限りあるものにしたのかなぁ。神様は。
終わりがあるから、限りがあるから、いつか誰もが灰になるから。
今を大切に。
生きることを大切に。
形あるものより 形ないものを大切に…
東京
冬になると3メートルもの雪が積もる山奥に住んでいた僕。
近くのコンビニまで車で1時間。テレビすらまともに映らないような山の中。
ある日、父親と東京の親戚の家に出掛けることになった。
はじめての東京。
今みたいに何でもGoogle先生が教えてくれる訳ではない。
小学生の僕は震えた。東京がとんでもなく怖い場所に思えたからだ。
出発の前日。僕はまるで戦場に行くような気持ちで準備をした。
襲われた時のことを考えた僕は 文鎮(ぶんちん)をリュックに詰め込んだ。
そう…書道の時に使うあの文鎮だ。

今でも思い出す。東京出発の前日に鏡の前で文鎮を2本振り回して、「はっ!」と謎の声を出していた自分を…。
文鎮を2本リュックに詰め込んで…更にポケットに小さい文鎮を2本入れて僕は東京に向かった。
凄かった。高い建物、人よりタヌキを見ることが多い場所に住んでいたのに…
溢れる人、人、人…
東京。
小さな夢をポケットに詰め込んで行き交う人々の群れ。
行き交う人々の中で…僕はリュックに文鎮を詰め込んで…ポケットに小さな文鎮を握り締めていた。
「もし、襲われたらこの文鎮で…」そう思いながら歩いていた。
翌朝、親戚の家に向かうために父親と電車に乗った。
「良いか?タケシ。高田馬場って駅に着いたら降りるぞ」
「うん。分かった!」
僕は緊張しながら高田馬場に到着するのを待った。アナウンスを聞き逃さないように…
「着いた!お父さん着いたよ!」僕は急いで電車から降りた。
ふと振り返ると父親がいない。
そして閉まるドアの先で僕は見た。座席にもたれかかって爆睡をしている父親を…
「おとうさーーーーーーーーーーーん!!おとうさーーーーーん!」
僕は叫んだ。
東京で僕は一人になった。今みたいに携帯もない時代に…僕は一人になった。
僕は泣いていた。
「おとうさーーーーーーーーーーーーーん!」
父親との永遠の別れかのように僕は叫んでいた。
「どうしたの?」その時、優しいお姉さんが声をかけてくれた。
「お父さんが…電車に乗っていたんだけど…もう会えなくなっちゃった…」
「何か持っているものある?お父さんどこに行こうとしてたとか分かる?」
「着替えと文鎮しか持ってない…」
「文鎮?」
「うん。文鎮…文鎮しかない…」
お姉さんは悲しそうな目で僕を見て駅員室に連れて行ってくれた。
その後、駅員さんが連絡をしてくれたのだろう。
この時、僕は山手線はぐるっと回ってまた戻ってくると知った。
プシュー
電車のドアが開いた。父親が電車からゆっくり降りてくる。
「おとうさーーーーーーーーーーーーーん!」
僕は父親に抱きついた。
「タケシ。寝ちゃったわ。悪かったな」
「おとうさーーん。おとうさーーーーーん!」
世にいうところの「生き別れた父親との再会。山手線編」である。
その後、僕は文鎮を使うことなく初めての東京を過ごした。
新しい世界に一歩踏み出す時。
人は誰でも恐怖や不安と戦いながら、小さな一歩を踏み出す。
誰もが心に小さな夢を抱え…
リュックに文鎮を詰め込んで…ポケットの文鎮を握り締めながら…
小さな小さな一歩を踏み出す。
今日も東京では小さな夢を抱え、文鎮を握り締め、人々が行き交うのだろう。
何度、失敗しても良い。
諦めなければ必ずチャンスはやってくる。
そう…山手線のように…
金太郎飴
ある日、異動になった。
新しい異動先には社内でも有名なとても厳しい上司がいた。
幸いなことに僕はその上司と上手く関係性を築けたこともあって、キツい指導を受けることはなかったのだが……
当時、別の課にいた中山さんという先輩は違った。
先輩は完全に霜鳥所長に目をつけられ、長い時は2時間も説教を受けることがあった。
失敗する→叱られる→パニックになる→失敗する→叱られるという悪循環。
そんなある日、私が出先から戻り、事務所に入ると、タイミング悪く霜鳥所長が中山先輩に説教をしていた。いつもならそのまま自分の仕事に戻るのだが、その時は違った。
「分かってんのかよ?中山。何度も何度も同じこと言わせるなよ。なぁ、山田を見習えよ。しっかり仕事してんだろ?なぁ、山田」
霜鳥所長が自分にも話を振ってきたので僕もその場を離れる訳にいかず、中山先輩と一緒に霜鳥所長の説教受けることになった。
「どうして見落とすんだよ!何度も確認しろって言ったのに…また同じ失敗…俺はな、お前のことを思って注意してんだよ。大きな事故に繋がったらどうすんだよ!」
霜鳥所長の説教はその後、2時間近く続いた。
霜鳥所長が時計を見る。さすがに長くなったと思った霜鳥所長は締めに入った。
「おい!中山。俺に何度同じこと言わせれば分かるんだよ。毎回毎回、同じことで説教受けて、同じ顔で謝って…金太郎飴みてぇだな、お前!金太郎飴か?お前は!?」

既に2時間説教を受け、精神状態も不安定になっていたのかも知れない。
次の瞬間、中山先輩は目に涙を溜めながら蚊の鳴くような声で返事をした。
「はい…分かりました…ひとつだけ。質問しても良いですか?」
「質問?良いよ。何だ?言ってみろ」
「はい。所長…さっき『金玉舐めろ!』とおっしゃりましたけど…今ですか?」
笑ってはいけない。
所長も2時間説教したのだ。ここで笑ったら全てが水の泡だと思ったのだろう。
必死に唇を嚙みながらこう言った。
「金玉舐めろじゃねぇよ!
金太郎飴だよ!」
「良かったぁー」次の瞬間、先輩は叫んでいた。
子供には「いじめはダメだ!」と言いながら、大人になってもパワハラがある。
セクシャルハラスメント(セクハラ) パワーハラスメント(パワハラ)
マタニティハラスメント(マタハラ) パタニティハラスメント(パタハラ)
アルコールハラスメント(アルハラ)オワハラ(終われハラスメント)
カラオケハラスメント ブラッドハラスメント ハラスメントハラスメント
世の中にはハラスメントが溢れている。
「してはいけない」と規則や法律で規定されるということは、それだけ「している」ということなのだ。
無自覚ほど怖いものはない。
「してはいけない」と言われる前に「しない」大人になりたい。
金太郎飴ハラスメントもあるのかも知れないし…
あの頃に戻れるなら「舐められても良い。絶対に金玉は舐めるな!」って先輩に伝えたい。
どんなに馬鹿にされようと…どれだけ認められなくても…
自分のことを誰よりも信じてあげられる自分でいたいな。
人造人間
その日は会社の飲み会だった。
そろそろお開きになろうかという時、久しぶりに地元の友人から電話がかかってきた。
「タケシ。久しぶり。突然、電話してごめん。あのさ…今日、お前の親父の旅館で飲み会だったんだけど…ちょっと気になることあって…電話したんだ」
「なになに?どうした?親父なんかやらかした?」
「やらかしたっていうかさ…今、お前の親父が帰りのマイクロバス運転して帰ってきたんだけどさ…お前の親父…ビショビショだったんだよ。バスの床にも水が滴っててさ…親父、いつもなら喋り続けてるのに一言も喋らなかったし…」
電話を切って、心配になった僕は母親に電話をした。
「あっ、もしもし。お母さん。今さ、友達から電話があって…親父がビショビショになってバス運転してたって言うんだけど…何かあった?」
「あっ…タケシ。ごめん。またこっちから電話する。ちょっとお父さん…でも、大丈夫だから。また電話する」
そう言って母親は震える声で電話を切った。
1時間後、母親から電話がきた。
「タケシ。びっくりさせてごめんね。お父さんなんだけど、ちょっと火傷しちゃってさ…揚げ物してたんだけど、忘れちゃって…でも、自分で消火器で消したから火事にはならなかった」
「えっ?大丈夫なの?」
「うん。今、病院で治療を受けてるけど…大丈夫だって言ってる」
「お父さんと電話替われる?」
「おー。タケシ。心配かけたな。ちょっとした火傷だ。大丈夫だぞ」
「お父さん…友達からバスをビショビショのまま運転してたって聞いたけど…」
「いや、結構、火が出てな…消火したんだけど、こりゃ、火傷したなって思ったから…火傷は冷やせって言うだろ?だから、そのまま旅館の風呂に飛び込んで…時間になっちまったからそのまま送迎したんだよ」
翌日、母親からの電話で父親の火傷は決して軽傷ではないこと、皮膚が焼け爛れていて火傷痕が残る可能性があること、皮膚科では手に負えなくて形成外科を紹介されたことを聞いた。心配になった僕は実家に向かうことにした。
「ただいま。お父さん大丈夫?」
「おー!タケシ。心配かけたな。全然大丈夫だぞ!あの日はな、お客さんが…」
饒舌に話し続ける父親を見て僕は気付いた。
父親は常に斜めに座っているのである。右半身を見せないように話しているのである。
「お父さん…あのさ…真っ直ぐ座って見てよ」
僕と向かい合った父親の右半身は赤黒く火傷していた。
想像していたよりひどい火傷の傷に僕はショックを受けた。
母親が涙声で「もしかしたらずっと痕が残るかも知れないの…お父さんが一番辛いと思う…」と言った。
静けさだけが耳に残る。
父親が意を決したように神妙な声で話しを始めた。
「なぁ…キカイダーって知ってるか?」
何を言い出しているんだ。この人は…この状況で…キカイダー?…
「タケシ。調べてくれ。それで全て分かるから」

「お父さん。そっくりだろ」
確かにそっくりだった。だが、何を伝えたいのだろう。この人は…
父親はまた話し始めた。
「良いか。今日、家族に父親としてどうしても伝えたいことがある。心して聞いて欲しい」
キカイダーが真剣な表情で家族と向き合っている。笑ってはいけないんだ。今は…
「今回、お父さんは消火器で火に立ち向かった。何とか消すことが出来たが…火傷を負って…今じゃ、キカイダーだ」
えっ…今じゃキカイダーなのか? この人は…
「良いか。父親としてみんなに伝える!」
「火を消す時は右側だけ体を向けて消したらダメだ!右・左・右・左…バランス良く!時には右・右・左・左…バランス良く火に体を向ける。そうしないとお前らもキカイダーになってしまうんだ」

「父さん…そこじゃない。気付くべきことはそこじゃないよ…」
その後、父親の火傷は奇跡的に回復し、傷も残らず過ごしている。
キカイダーのデザインは人体模型をモチーフにしているそうだ。
青色の身体は正義の心、赤色の身体は悪の心を表している。
いつも正義の心と悪の心の狭間で揺れながら戦う人造人間キカイダー。
人間という生き物は完璧でもなければ、完全でもない。
だけど、不完全だからこそ美しいんだと思う。
完璧じゃないからこそ人間は愛おしい存在なんだ。
あなたの足りないところ あなたの弱いところ あなたの欠けているところ
私が補ったり、支えたり…
わたしの足りないところ わたしの弱いところ わたしの欠けているところ
あなたが補ったり、支えたり…
完璧じゃないから補い合える
不完全だから支え合える
それって実は完璧なんじゃない?
名前
人の顔は覚えられるのに名前が覚えられない。
何かの病気かな?と思うくらい覚えられない。
ようやく覚えた人の名前も突然、忘れることがある。
しかも、何年も仲良くしている友達と「あの時、めっちゃ笑ったよね!思い出すだけで笑いが止まらないよ」と大笑いしている時に、突然、「この人なんて名前だっけ?」となることがある。
鍵が見当たらなくて…徐々に本気で探し始めるみたいに…心はザワザワし始める。

「この人の名前はなんだっけ?…」
そうして僕はア行から五十音に沿って名前を思い出す作業を始める。
仕事でめちゃくちゃお世話になっている方がいる。
前日も無理を聞いてくれて…「タケシ君のお願いなら優先しちゃうよ!」と気持ち良く仕事を受けてくれた。
そして翌日、仕事でその人と一緒にお客さんのお宅を訪問することになった。
「いやぁ。昨日はありがとうございました!もう感謝しかありません」
「やだなぁ。そんなこと言わないでよ。タケシ君のためなら頑張っちゃうよ」
しかし、次の瞬間、「えっ…この人、なんて名前だっけ…」が襲ってきたのである。
鍵が見当たらなくて、ポケットを上から順に探るように…五十音の旅を始めるしかない。
そう思った時、その人が着ているジャージに名前が刺繍されていることに気付いた!
高橋
神の思し召しである。
朝、道を横切っていた猫に道を譲ったことのお返しであろうか。
高橋
ジャージにしっかりと刺繍されているではないか!
そこからは僕のターンだ。
お客さんとの面談でも「高橋さんは本当に良い人ですよ!」「高橋さんに任せておけば絶対に大丈夫!」「僕も高橋さんにはいつもいつも助けてもらっているんです」
ありがとう。ジャージの刺繍。名札とか刺繍を国民の義務にしても良いんだぞ。
そう思った時だった。
「あの…俺、山本です。今日、ボイラーが壊れて、服が汚れたんで高橋のジャージ借りてきたんです」
沈黙に音がした。シーンという音が聞こえた。
咄嗟に僕は「なんだぁ。やっぱり、そういう引っ掛け問題かぁ。やるなぁ。山本さん」と謎の発言をした。
乗り越えたのだろうか?僕は高橋のジャージを着た山本さんに許されたのだろうか?
昔、あるイベントで受付の仕事を頼まれたことがある。
準備をして、いざ本番。「みんなで今日のイベントを成功させよう!」とリーダーが気合を入れる。
隣にいた女の子が「タケシ君は今日なんの役目?私は焼きそばだよ」と優しい笑顔で話しかけてくれた。
「あっ!星野さんだ」 名前もバッチリ覚えている。完璧だ。
だが、次の瞬間、僕は震えた。
受付
この言葉が出てこないのだ。自分の役割は分かる。やることも分かる。
だが、受付という言葉が出てこない。
そこから星野さんと謎の伝言ゲームが始まった。
「えっと、俺、今日はさ、ほら入口に机を置いてさ…来る人にあなたは誰ですか?って聞いて…名簿に名前書いてもらってさ。で、その名簿を確認するっていう…なんだっけ?…なんかそういうやつ…」
「なに?えっ?受付?」
「わぁー!!それそれ、受付だよ。俺!」
あの時の星野さんの目が忘れられない。あれは雨に濡れたうす汚れた子犬を見るような目だった。
そんな僕だが今、コインランドリーにいる。
洗濯の乾燥を待ちながら、ほんのさっきまでコインランドリーが思い出せなくなっていた。ようやくさっきコインランドリーを思い出したところだ。
大丈夫。
忘れることはひとつの薬だ。
心が深く傷ついた時には時が薬になる。
神様は平等に時薬を処方してくれている。
若い頃は苦しかったことや悲しい出来事、傷付いた思い出は早く忘れたかった。
でも、歳を重ねて今はどんな思い出も忘れたくないと思う。
大切な人の名前や昨日食べたホットケーキの味や他愛なく笑いあったあの時間…
苦しかったことも傷付いたことも…どんな出来事も…
忘れたくないなぁ。
毎日が新鮮
慌ただしいという字は人が荒れると書き、忙しいという字は人が亡くなると書く。
荒れましたねぇ…もはや人では無くなっていたのかも知れません。
なんでしょうこの慌ただしさと忙しさは…という毎日を過ごし、早いもので今年も残すところあと340日程となりました。
皆様いかがお過ごしですか?
「明日から筋トレをするぞ!」と心に決めて、「明日からだから…今日は自由に好きな物を食べちゃおう!」といつもよりも暴飲暴食。
その後、いつになっても明日がやって来ません。そんな年明けです。
どうして糖やら油やら脂やら…体に悪いものはこんなにも美味しいのでしょうか?
「神様っていじわるだよね。よし、明日こそ筋トレをするんだ」そう思いながら、布団でゴロゴロしていた時、ふと昔、聞いた話を思い出しました。
ある温泉旅館で主人が日頃の感謝を込めて、お風呂掃除の後に従業員に良く冷えた牛乳を出した。
「汗かいた後にこんなに美味いものないねぇ」と喜ぶ従業員。
だが、牛乳が1週間続くと、ただ一人を除いて誰も喜ばなくなった。
ただ一人を除いて…誰も喜ばなくなった。
その従業員はまるで初めて牛乳を飲むように毎日毎日、「汗かいた後にこんなに美味いものないねぇ」と大喜びしていた。毎日毎日、まるで初めて牛乳を飲むように…
ただ一人。ただ一人だけがこの世を楽しく生きる秘密を知っていた。
これだけの話。
聞いた時は「めっちゃ牛乳が好きなんだなぁ」としか思わなかった。
でも、今、なんとなく分かった気がする。
人はいつか必ず慣れてしまう。当たり前になってしまう。
最初は驚くほど美味しかった仕事終わりの牛乳も…初めて食べたトンカツも…
最初はあんなに緊張して興奮した自動車の運転も…
あの子と手を繋いだことも…強く抱きしめたことも…どんなことでも…
人はいつか必ず慣れてしまう。当たり前になってしまう。
でも、当たり前を当たり前にしちゃダメなんだ。
まるで初めて牛乳を飲んだかのように…
まるで初めてトンカツを食べたかのように…
まるで初めて車の運転をしたかのように…
まるで初めてあなたと出会ったかのように…
感覚を研ぎ澄まして…牛乳を味わってみる。トンカツを味わってみる。
初めて運転するかのように自動車を運転してみる。
改めてあなたをしっかり見つめてみる。
あなたという存在をしっかり感じてみる。
例えば 歩くこと一つを取ってみても…
歩くことを味わってみる。
足が上がる感覚、踵が床につく感覚、足の指が地面を踏みしめる感覚…
そのひとつひとつを味わってみる。
特別なことなんて滅多に起きない。
宝くじがあたるようなとんでもない幸運は滅多に運ばれてこない。
僕らに運ばれてくる出来事のほとんどは何でもない、当たり前の日々なんだ。
大切なことはその当たり前を当たり前にせずに…
まるで初めてのように味わうことなんだと思う。
同じような日々の繰り返しの中で、当たり前のような出来事の連続を
まるで初めてのように味わうことなんだと思う。
さて、家に帰ろう。
どこからなにやらカレーの匂い。
さて、家に帰ろう。
今日を味わおう。