婆ちゃんはとにかくせっかちで気が短かった。
今でも思い出される姿がある。
朝、起きると婆ちゃんが下着姿に紫のはんてんだけを羽織り、畑を走り回りながら水やりをしていた。
「起きるのが遅くなってしまった。朝飯前に水やりをしなくちゃ」と言い、髪を振り乱し、鬼気迫る表情で走り回る婆ちゃんを見ながら「きっと山姥の伝説はこういう人を見間違えたんだろうなぁ…」と思ったものである。
そんな婆ちゃんだが、我が家の一大イベントでは更にヒートアップする。
餅つきである。そう、あの餅つきなのである。
当時、我が家では電動餅つき機を使用して餅づくりをしていた。
電気窯の中で、もち米は驚くほど暴れ、回転しながら徐々に餅が作られていく。
餅が完成した瞬間、婆ちゃんが叫ぶ。 「ほら!餅が出来たぞ!やれー!」
つきたての餅を窯から取り出し、準備してあったブルーシートに放り投げる婆ちゃん。
「急げ!ほら!急げ!何してんだ!こら!」婆ちゃんの怒声が響く。
婆ちゃんはつきたての餅をちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
そして私たち家族がその餅にあんこをつけるのである。
しかし、この餅もあんこも死ぬほど熱い。直火にかけたローションみたいな熱さといえば伝わるだろうか…
ボールに水が入れてあり、そこに手を入れ、冷やしながら餅にあんこをつけるのだが、もうボールにそのまま餅を入れた方が良いのじゃないか?というほどの熱さである。
婆ちゃんは叫ぶ!「ほら、何してんだ。餅が固くなるだろ!ほら。急げ!急げ!」
怖かった。とにかく怖かった。必死になって餅にあんこをつけた。
婆ちゃんは言う。「今日は半殺しだ。次はもっと殺すぞ!」
殺される。
怖くて、怖くて仕方なかった。
だから必死になって餅にあんこをつけた。
のちに半殺しが『もち米を半分だけ潰すこと』を意味していたと知ったが、あの時の婆ちゃんの半殺しは幼い私の心を半殺しにするには十分な威力であった。
そんな我が家の一大イベントを経て作られた餅だが、いざ食べる時になるとまた違う緊張感に包まれる。
「良いか?餅は小さく、小さくして、口の中でぺチャンとして食べるんだぞ。つっかえたらおしまいだ」
何故、あんなにも恐怖を感じながら作った食べ物を命懸けで食べなければならないのか?
「つっかえたら死ぬよ」と言われているのに、ふと気付くと父親はまるで餅を吸うように…そう、あの餅を吸う祭りのように餅に食らいついているではないか。
爺ちゃんは突然、夜中に鳴く謎の鳥みたいな声で「キェェェェェ~!」とムセ始める。
もう恐怖でしかなかった。
だから、私は実家にいる間、餅が食べられなかった。
実家を出て、数年…改めて私は餅に向かい合った。
凄く美味しかった。
今は小さく、小さくぺチャンとして…ゆっくり味わって餅を食べている。
婆ちゃんを思い出しながら…