冬になると3メートル程の雪が積もる雪深い山間部の村で僕は産まれた。
雪がしんしんと積もる夜。
静かな夜に真っ白な雪が音もなく空から降ってくる。
炬燵に入り、家族でテレビを観ていると爺ちゃんが言う。
「またテレビが映らなくなった。アンテナの雪を落とさなきゃダメだ。よし。行くか」
真っ白な息を吐きながら、僕は爺ちゃんの後を必死についていく。
車庫の横に電信柱くらいの大きさの木の柱があり、その柱の上にテレビのアンテナがあった。
「また雪が積もってしまったな。よし、蹴るぞ!」
そう言って爺ちゃんは柱を思い切り蹴っ飛ばす。瞬間、アンテナから雪がドサンと落ちてくる。
「たけし!お前も蹴ってみろ。良いか?思い切り蹴るんだぞ」
「うん。爺ちゃん。やってみる」
「もっと力を出せ。こうやって足を上げて…怖がらずに長靴を全力でぶつけるんだ!」
「うん。爺ちゃん。えいっ!えいっ!」
家に戻ると妹が喜んでいる。「テレビ映ったよ!映った!」
誇らしかった。人の喜ぶ顔を見ることが自分の喜びになると僕は知った。
「いつか爺ちゃんみたいな蹴り方をしたい。一度に沢山の雪をアンテナから落としたい」
ずっとそう思って生きてきた。
「立派なアンテナ蹴飛ばし屋さんになりたい」
ずっとそう願って生きてきた。
小学校に行き、クラスメートがテレビの話題で盛り上がる中、僕はいつも思っていた。
静かに積もる雪のように…その思いは心の中に積もっていった
「絶対に誰よりも立派なアンテナ蹴飛ばしになってやる!」
ある日、村に共同アンテナが出来るということが決まった。
「爺ちゃん。今度は共同アンテナだね。やっぱり家のアンテナより大きいのかな?もっと強く蹴らないと駄目だよね?」
今よりも強く手ごわい敵と対峙する勇者のような気持ちだった。
強く、強く。もっと強く。誰よりも強くアンテナを蹴飛ばせる男に俺はなる!
爺ちゃんは言った。
「んっ?共同アンテナはな、蹴らなくても大丈夫だぞ‥」
その日、僕はアンテナを蹴らなくてもテレビは映るものだと知った。
この世界にアンテナ蹴飛ばし屋さんはいないことを知った。
また雪の季節がやってくる。
「爺ちゃん。俺、今なら爺ちゃんくらいにアンテナ蹴飛ばせるかなぁ‥」
白い息を吐き出して‥僕はみぞれ混じりの空を見た