きのみきのまま なすがまま

楽しもうと思わなきゃ楽しくないよ

いらっしゃいませ

大学時代にコンビニでバイトをした。

 

コンビニの業務はなかなか大変である。

 

2人1組で業務に携わる中で、僕には友人が出来た。

 

秋田出身の畑山くん。

 

朴訥とした雰囲気を持ち、時折、秋田訛りで話をする彼とはすぐに打ち解けた。

 

忙しい時間帯を過ぎ、深夜になると2人ともおかしなテンションになる瞬間がある。

 

ランナーズハイみたいな… 言うなれば、コンビニーズハイである。

 

ある夜、畑山くんがこんな提案をしてきた。

 

「いらっしゃいませ!を出来るだけ崩してみよう。お客さんにバレないギリギリのラインを攻めた方が勝ちね!」

 

その日から僕らは少しずつ「いらっしゃいませ!」を崩し始めた。

 

ふざけ過ぎてはいけない。気付かれたら負けなのだ。

 

僕らは来る日も来る日もギリギリ聞こえる「いらっしゃいませ」を探した。

 

ある日、畑山くんは自信満々に言った。「タケシ。俺、凄いのを見つけたよ」

 

彼は言った。

 

「ファッションセンスゥ~」

 

秋田訛りも相まって、これがギリギリ「いらっしゃいませ」に聞こえるのである。

 

「ファッションセンスゥ~」

 

これには負けを覚悟した。しかし、僕も負けていられない。必死に色々な言葉を呟いてギリギリの「いらっしゃいませ」を探した。

 

そんなある日、僕は凄い言葉を発見した。

 

「拙者のせい~」

 

これは畑山くんにかなりのダメージを与えた。

 

反省した侍の気持ちで早口で呟くのである。

 

「拙者のせい~」

 

勝ちを確信したある日、畑山くんがこう言った。「超えたよ。俺、拙者のせいを超えた」

 

「平たい胸~!」

 

これには驚愕した。今までのように早口で呟くのではなく、自信満々の大きな声で言ってもギリギリ「いらっしゃいませ」に聞こえるのである。

 

「平たい胸~!」

 

もうこれ以上のギリギリ聞こえる「いらっしゃいませ」はない。

 

僕は負けを認めようとその日のバイトのシフトに入った。

 

畑山くんは勝ちを自覚した雰囲気で自信満々に繰り返している。

 

「平たい胸~!」

 

ダメだ。もう負けを認めよう…

 

その時、コンビニにひとつの音楽が流れた。

 

「I Don't Want to Miss a Thing」

 映画:アルマゲドンの主題歌である。

 

歌っているのは…

 

Aerosmithエアロスミス)! 

 

晴天の霹靂とはこのことである。

 

天啓である。天の声。神の思し召しである!

 

「コレだ!」僕は叫んだ。

 

エアロスミス~!」

 

エアロスミス~!」

 

僕は声の限り叫んだ。

 

その時、ちょうど忘れ物を取りに来た店長が言った。

 

「タケシくん。ちょっと来なさい。なんですか?そのエアロスミスって?」

 

ギリギリを攻めたことに後悔はない。

 

安穏とした毎日に慣れてはいけない。

 

生きる上で、変化を恐れてはいけないのだ。

 

毎日毎日、僕らの細胞は生まれ変わっている。

 

4年で全ての細胞は入れ替わるのである。

 

4年後、誰もが細胞レベルで全く新しい自分なのだ。

 

失敗を恐れてはいけない。

 

失敗なんてないんだから。

 

僕らはいつも成功の途中なんだ。

 

エアロスミス~!」