きのみきのまま なすがまま

楽しもうと思わなきゃ楽しくないよ

はじめて彼女が実家に泊まりに来ることになった。

 

母親は数日前から「緊張しちゃうな。ご飯なに作れば良いんだろう?」と繰り返している。妹は「こんな山奥に…良く遊びに来るねぇ。お兄ちゃんの何が良いんだろう?」などと生意気を言いながらも、どこか嬉しそうだ。

 

悩みに悩んだ末、父親が言った。「そうだ!鍋にしよう!」

 

父親は旅館に勤めていた。そのため、問屋に行って色々な魚介類を仕入れ、豪華な海鮮鍋で彼女をもてなすことにした。

 

「はじめまして。すみません…今日は夕飯までご馳走になって…」

 

「いえいえ、大したもの作れませんけど、みんなで鍋でも食べましょう」

 

和やかな雰囲気で鍋を囲んで会話が弾む。

 

「遠慮なく食べてね。嫌いなものとか無いかしら?」母親が笑顔で尋ねる。

 

「はい。美味しくいただいてます。とっても豪華な……」と彼女が答えかけた時、聞いたことのない声が和やかな雰囲気を引き裂いて響いた。

 

「ふべらっ!ふべっ…ふべべっ!ふべっ!

 いてぇー! なんだ、これー!」

 

爺ちゃんを見ると見たことのない魚の骨が舌に刺さっていた。

 

もう小骨なんてレベルじゃない。「そんな骨どこにありました?それ、彫刻刀ですか?」と聞きたくなるレベルの大きさの骨が舌に突き刺さっているではないか…

 

血がダラダラと舌から滴り落ちる。

 

余りの出来事に誰も言葉を発しない。誰もが口をポカンと開けて、ただ爺ちゃんをじっと見つめていた。

 

その時、彼女が「大丈夫ですか!?」と声を発した。

 

「明らかに緊急事態!だが、今日は初めて孫の彼女と鍋を囲んだ日ではないか!しっかりしろ!気をしっかり持て!孫の前で俺は何をしているんだ?こんな骨がなんだ!」と爺ちゃんは思ったのだと思う。

 

そのまま舌に突き刺さった彫刻刀のような魚の骨を鬼の形相で引っこ抜いた。

 

「大丈夫?」我に返った母親が尋ねる。

 

何事もなかったかのように取り皿に入った血で真っ赤に染まった汁を飲み干し、今日一番の笑顔で爺ちゃんは言った。

 

「全くなんともない! 舐めときゃ治る」

 

その時、誰もが思った。「舐める部分をやられているんだ」と…

 

「本当に大丈夫?」真っ青な顔をして妹が心配そうに尋ねる。

 

「全くなんともない! おかわりするぞ!でも、ポン酢はやめておく」

 

その時、誰もが思った。「ポン酢の問題ではない」と…

 

その夜、僕は彼女に言った。「ごめん。びっくりさせちゃったね…」

 

彼女は言った。

 

「ううん。大丈夫。うち、お爺ちゃんいないから…私、知らなかった。お爺ちゃんって強いんだね」

 

その時、僕は思った。「違う。違うよ…それは違う」

 

その後、彼女とは別れてしまったが、今頃、彼女はきっと素敵な家族と和やかに鍋を囲んでいることだろう。

 

また鍋の季節がやってくる。