ある朝、急に動けなくなった。
腰から下に力が入らない。足が全く動かない…
救急車を呼んだ。診断は椎間板ヘルニアの悪化による神経障害。
「まずは入院して安静にしましょう」とのことで入院することになった。
整形外科病棟は骨折や腰痛などで思うようには動けないが、それ以外の面では元気な人が多い。
私の病室は男3人。あっと言う間に仲良くなった。
私の斜め向かいのベッドの男性は40代。調理師をしていたが、仕入れた商品を車に乗せようとした時に重さで胸と腰を圧迫骨折して入院していた。「病院の飯はまずいだろ?たまにはマック食おうぜ!」と外出してマックを買ってきてくれたり、とても優しい兄ちゃんだった。
向かいのベッドの男性は50代。若い頃に会社を興していてみんなに社長と呼ばれていた。「昔は悪かったからさ、俺」が口癖で、若い頃のやんちゃをしていた頃の話を面白おかしく話してくれた。病室の明るい雰囲気はこの人が作り出していたと思う。
夜になり、就寝時間を過ぎても3人でくだらない話をして笑いあった。
ある日、「ところで何の病気で入院してんのよ?兄ちゃん」と社長が聞いてきた。
「いや…椎間板ヘルニアで…大学時代から調子悪かったんですけど悪化させちゃって…動けなくなっちゃいました。そういえば社長はどうしたんですか?」
「俺か?俺はさ、趣味でモトクロスのバイクやってんのよ!で、山を飛び越えた時に首を痛めちゃって安静よ。安静。むち打ちみたいなもんだね」
「社長、モトクロスやるんですね!すげぇ趣味だなぁ。怪我すること多いんですか?」
急に真剣な顔になった社長は語り始めた。
「若い時からバイクが好きでさ…まぁ…良く言えば走り屋、正式名称は暴走族だったんだよ。俺。で、ずっと暴走してる訳にはいかないだろ?そこで出会ったのがモトクロスだった訳。モトクロスにハマってさ…2年目かな…俺、大きな事故を起こしたんだ」
いつもの話とは違う雰囲気に真剣に聞く2人。
「高い山をジャンプした瞬間に気付いたらバイクを放しちゃってて…あっ!と思った瞬間に頭から地面に叩きつけられてた。フラッシュバックって本当にあるんだよね。落ちるまでめっちゃ時間が長くてさ…あぁ、俺、死ぬんだなって…」
「そこからは記憶全くなくて…医者と妻が話している声が聞こえてきたんだよ」
「奥さん。旦那さんは頭部を強く打っています。そして、頸椎を損傷しています。このまま意識が戻るかどうか…また意識が戻っても左側に麻痺が残る可能性が大きいです」
「先生…先生…何とかしてください。助けてあげてください…妻が泣き叫んでいるのがはっきり聞こえてさ…あぁ…これは大変なことをしてしまったって思ってさ…」
社長の目にうっすら涙が浮かんでいる。
「それでさ…俺、このままじゃダメだって思ったんだよ。何とかしなきゃって…。動け!動け!動け!って心の中で何度も繰り返した。そしたら右手が少し動いた気がしてさ。本当に少しだけど…」
「必死になったよ。夜中、誰もいない病室で少しだけ動いた右手に動け!動け!動け!って繰り返した。まだ声も出せないし、右手が少し動く感覚だけあったから…届け!届け!届け!って心の中で叫んでた」
社長の語り口に私たち2人も目にうっすら涙が浮かぶ。
「何時間、頑張ったかな…永遠って言葉を感じる時間だった。なんとか右側に寄せたんだよ。俺」
「えっ?何ですか?右側に寄せたって?」
「えっ?」
「いや、社長…右側に寄せたって何の話ですか?」
「えっ?…いや、意識が戻っても左側に麻痺が残るって聞いたからさ…チンチンあるだろ?チンチン。左側にあったら麻痺っちゃうかも知れないと思ってさ…。何とかしてチンチンを右側に寄せたんだよ。動け!動け!動け!届け!届け!届け!って…」
社長はその後、麻痺も残らず、今も元気にモトクロスに乗っている。
社長が言っていた。
「どんな状況も楽しまきゃな」
今でも苦しい時に繰り返すことがある。
「動け!動け!動け!届け!届け!届け!」
届く先がチンチンだろうと…どんな物であろうと…諦めるな!
「動け!動け!動け!届け!届け!届け!」