きのみきのまま なすがまま

楽しもうと思わなきゃ楽しくないよ

手袋

クラスメートの美帆ちゃんは誰からも好かれる女の子だった。

 

美帆ちゃんはとてもオシャレで、小学生の僕たちが見たこともない素敵な服や小物を身に着けて学校に来ていた。

 

冬のはじまり。美帆ちゃんがミトン型の手袋をしてきた。

 

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「うぁ~♡ 美帆ちゃん可愛い手袋だぁ♬」

 

「うん。お母さんが編んでくれたの」

 

「良いなぁ…私もそういう手袋欲しい~」

 

美帆ちゃんは人気者だ。男女関係なく美帆ちゃんの周りに輪が出来ていく。

 

すると突然、教室の端っこから大きな声が聞こえてきた。

 

「私だって持ってるもん。そんな手袋!」

 

洋子だった。

 

洋子はクラスの人気者の美帆ちゃんにあからさまに敵対心を見せていた。

 

「お前なんか、あんな可愛い手袋持ってる訳ないだろ?馬鹿じゃねぇの?」

 

男子が洋子にからんでいく。

 

「持ってるもん!」

 

「はい。嘘~!」「うっそつき!うっそつき!うっそつき!」

 

「本当に持ってるもん!! 帰りに見せてあげるから!」

 

そのまま授業が始まり…帰宅時間がやってきた。

 

帰宅のチャイムが鳴り響く中、洋子が支度を始めた。

 

すると洋子の手には確かにミトン型の手袋があるではないか?…

 

クラスの誰もが目を疑った。

 

「ほら。これ! 私も持ってるもん! 謝ってよ!」

 

クラスの男子が洋子に謝ろうとしていた時、僕は気付いた。

 

ミトン型手袋の親指の部分がないではないか…

 

それは靴下だった…。

 

洋子は靴下を手にはめていた。

 

もうそれは手袋ではない。足袋だ。いや、足袋でもないぞ…それは靴下袋なのか? 

 

待てよ。厳密に言えば…それは手袋(靴下を添えて…)みたいなものじゃないのか?

 

様々な思いが僕の頭の中を駆け巡っていく。

 

その時、美帆ちゃんがすっと立ち上がり、クラスのみんなに語り掛けた。

 

「みんなで謝ろう! 洋子ちゃんごめんねって言おう!」

 

続いてガキ大将の大輔もみんなの前に出て洋子に謝った。

 

「そうだな。洋子、ごめんな。疑って…」

 

その一言を合図にクラスのみんながどんどん洋子に謝っていく。

 

青春全開、学園ドラマのようなシーンの中、僕は言った。

 

「洋子。それ靴下じゃね?」

 

今の僕なら言えただろうか?

 

「それ、靴下じゃない?」

 

空気を読む。

 

大人になると言えなくなることが多くなる。

 

「それ、靴下じゃない?」

 

言えるような大人でありたいと思う。

 

次の日からしばらく洋子のあだ名は「靴下ハメ子」だった。

 

ごめん。洋子。

 

でも、それは靴下だ。

 

また冬がやってくる。

 

「靴下ハメ太郎にでもなろうかな…」

 

僕は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめて彼女が実家に泊まりに来ることになった。

 

母親は数日前から「緊張しちゃうな。ご飯なに作れば良いんだろう?」と繰り返している。妹は「こんな山奥に…良く遊びに来るねぇ。お兄ちゃんの何が良いんだろう?」などと生意気を言いながらも、どこか嬉しそうだ。

 

悩みに悩んだ末、父親が言った。「そうだ!鍋にしよう!」

 

父親は旅館に勤めていた。そのため、問屋に行って色々な魚介類を仕入れ、豪華な海鮮鍋で彼女をもてなすことにした。

 

「はじめまして。すみません…今日は夕飯までご馳走になって…」

 

「いえいえ、大したもの作れませんけど、みんなで鍋でも食べましょう」

 

和やかな雰囲気で鍋を囲んで会話が弾む。

 

「遠慮なく食べてね。嫌いなものとか無いかしら?」母親が笑顔で尋ねる。

 

「はい。美味しくいただいてます。とっても豪華な……」と彼女が答えかけた時、聞いたことのない声が和やかな雰囲気を引き裂いて響いた。

 

「ふべらっ!ふべっ…ふべべっ!ふべっ!

 いてぇー! なんだ、これー!」

 

爺ちゃんを見ると見たことのない魚の骨が舌に刺さっていた。

 

もう小骨なんてレベルじゃない。「そんな骨どこにありました?それ、彫刻刀ですか?」と聞きたくなるレベルの大きさの骨が舌に突き刺さっているではないか…

 

血がダラダラと舌から滴り落ちる。

 

余りの出来事に誰も言葉を発しない。誰もが口をポカンと開けて、ただ爺ちゃんをじっと見つめていた。

 

その時、彼女が「大丈夫ですか!?」と声を発した。

 

「明らかに緊急事態!だが、今日は初めて孫の彼女と鍋を囲んだ日ではないか!しっかりしろ!気をしっかり持て!孫の前で俺は何をしているんだ?こんな骨がなんだ!」と爺ちゃんは思ったのだと思う。

 

そのまま舌に突き刺さった彫刻刀のような魚の骨を鬼の形相で引っこ抜いた。

 

「大丈夫?」我に返った母親が尋ねる。

 

何事もなかったかのように取り皿に入った血で真っ赤に染まった汁を飲み干し、今日一番の笑顔で爺ちゃんは言った。

 

「全くなんともない! 舐めときゃ治る」

 

その時、誰もが思った。「舐める部分をやられているんだ」と…

 

「本当に大丈夫?」真っ青な顔をして妹が心配そうに尋ねる。

 

「全くなんともない! おかわりするぞ!でも、ポン酢はやめておく」

 

その時、誰もが思った。「ポン酢の問題ではない」と…

 

その夜、僕は彼女に言った。「ごめん。びっくりさせちゃったね…」

 

彼女は言った。

 

「ううん。大丈夫。うち、お爺ちゃんいないから…私、知らなかった。お爺ちゃんって強いんだね」

 

その時、僕は思った。「違う。違うよ…それは違う」

 

その後、彼女とは別れてしまったが、今頃、彼女はきっと素敵な家族と和やかに鍋を囲んでいることだろう。

 

また鍋の季節がやってくる。

 

アンテナ蹴飛ばし

冬になると3メートル程の雪が積もる雪深い山間部の村で僕は産まれた。

 

雪がしんしんと積もる夜。

 

静かな夜に真っ白な雪が音もなく空から降ってくる。

 

炬燵に入り、家族でテレビを観ていると爺ちゃんが言う。

 

「またテレビが映らなくなった。アンテナの雪を落とさなきゃダメだ。よし。行くか」

 

真っ白な息を吐きながら、僕は爺ちゃんの後を必死についていく。

 

車庫の横に電信柱くらいの大きさの木の柱があり、その柱の上にテレビのアンテナがあった。

 

「また雪が積もってしまったな。よし、蹴るぞ!」

 

そう言って爺ちゃんは柱を思い切り蹴っ飛ばす。瞬間、アンテナから雪がドサンと落ちてくる。

 

「たけし!お前も蹴ってみろ。良いか?思い切り蹴るんだぞ」

 

「うん。爺ちゃん。やってみる」

 

「もっと力を出せ。こうやって足を上げて…怖がらずに長靴を全力でぶつけるんだ!」

 

「うん。爺ちゃん。えいっ!えいっ!」

 

家に戻ると妹が喜んでいる。「テレビ映ったよ!映った!」

 

誇らしかった。人の喜ぶ顔を見ることが自分の喜びになると僕は知った。

 

「いつか爺ちゃんみたいな蹴り方をしたい。一度に沢山の雪をアンテナから落としたい」

 

ずっとそう思って生きてきた。

 

「立派なアンテナ蹴飛ばし屋さんになりたい」

 

ずっとそう願って生きてきた。

 

小学校に行き、クラスメートがテレビの話題で盛り上がる中、僕はいつも思っていた。

 

静かに積もる雪のように…その思いは心の中に積もっていった

 

「絶対に誰よりも立派なアンテナ蹴飛ばしになってやる!」

 

ある日、村に共同アンテナが出来るということが決まった。

 

「爺ちゃん。今度は共同アンテナだね。やっぱり家のアンテナより大きいのかな?もっと強く蹴らないと駄目だよね?」

 

今よりも強く手ごわい敵と対峙する勇者のような気持ちだった。

 

強く、強く。もっと強く。誰よりも強くアンテナを蹴飛ばせる男に俺はなる!

 

爺ちゃんは言った。

 

「んっ?共同アンテナはな、蹴らなくても大丈夫だぞ‥」

 

その日、僕はアンテナを蹴らなくてもテレビは映るものだと知った。

 

 この世界にアンテナ蹴飛ばし屋さんはいないことを知った。

 

 また雪の季節がやってくる。

 

 「爺ちゃん。俺、今なら爺ちゃんくらいにアンテナ蹴飛ばせるかなぁ‥」

 

 白い息を吐き出して‥僕はみぞれ混じりの空を見た

 

 

 

 

 

婆ちゃんはとにかくせっかちで気が短かった。

 

今でも思い出される姿がある。

 

朝、起きると婆ちゃんが下着姿に紫のはんてんだけを羽織り、畑を走り回りながら水やりをしていた。

 

「起きるのが遅くなってしまった。朝飯前に水やりをしなくちゃ」と言い、髪を振り乱し、鬼気迫る表情で走り回る婆ちゃんを見ながら「きっと山姥の伝説はこういう人を見間違えたんだろうなぁ…」と思ったものである。

 

そんな婆ちゃんだが、我が家の一大イベントでは更にヒートアップする。

 

餅つきである。そう、あの餅つきなのである。

 

当時、我が家では電動餅つき機を使用して餅づくりをしていた。

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電気窯の中で、もち米は驚くほど暴れ、回転しながら徐々に餅が作られていく。

 

餅が完成した瞬間、婆ちゃんが叫ぶ。 「ほら!餅が出来たぞ!やれー!」

 

つきたての餅を窯から取り出し、準備してあったブルーシートに放り投げる婆ちゃん。

 

「急げ!ほら!急げ!何してんだ!こら!」婆ちゃんの怒声が響く。

 

婆ちゃんはつきたての餅をちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

 

そして私たち家族がその餅にあんこをつけるのである。

 

しかし、この餅もあんこも死ぬほど熱い。直火にかけたローションみたいな熱さといえば伝わるだろうか…

 

ボールに水が入れてあり、そこに手を入れ、冷やしながら餅にあんこをつけるのだが、もうボールにそのまま餅を入れた方が良いのじゃないか?というほどの熱さである。

 

婆ちゃんは叫ぶ!「ほら、何してんだ。餅が固くなるだろ!ほら。急げ!急げ!」

 

怖かった。とにかく怖かった。必死になって餅にあんこをつけた。

 

婆ちゃんは言う。「今日は半殺しだ。次はもっと殺すぞ!」

 

殺される。

 

怖くて、怖くて仕方なかった。

 

だから必死になって餅にあんこをつけた。

 

のちに半殺しが『もち米を半分だけ潰すこと』を意味していたと知ったが、あの時の婆ちゃんの半殺しは幼い私の心を半殺しにするには十分な威力であった。

 

そんな我が家の一大イベントを経て作られた餅だが、いざ食べる時になるとまた違う緊張感に包まれる。

 

「良いか?餅は小さく、小さくして、口の中でぺチャンとして食べるんだぞ。つっかえたらおしまいだ」

 

何故、あんなにも恐怖を感じながら作った食べ物を命懸けで食べなければならないのか? 

 

「つっかえたら死ぬよ」と言われているのに、ふと気付くと父親はまるで餅を吸うように…そう、あの餅を吸う祭りのように餅に食らいついているではないか。

 

爺ちゃんは突然、夜中に鳴く謎の鳥みたいな声で「キェェェェェ~!」とムセ始める。

 

もう恐怖でしかなかった。

 

だから、私は実家にいる間、餅が食べられなかった。

 

実家を出て、数年…改めて私は餅に向かい合った。

 

凄く美味しかった。

 

今は小さく、小さくぺチャンとして…ゆっくり味わって餅を食べている。

 

婆ちゃんを思い出しながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺言

爺ちゃんは病室に誰もいないことを確認して、私にそっと耳打ちをした。

 

「良いか? ケツのあったかい女は抱くな! 病気を持ってるぞ!」

 

数日後、爺ちゃんは静かに息を引き取った。

 

今でも思い出す。 爺ちゃんの遺言。

 

あれは爺ちゃんの過去の経験から生み出されたメッセージだったのだろうか?

 

それはまるでシーグラスのように…

 

爺ちゃんの人生が色々な経験を経て削り削られ…人生という波間を漂った結果、

最期に孫に届けられたひとつの宝石だったのではないか?

 

「爺ちゃん…最初はケツが冷たかった女のケツがある日を境にあったかくなった時はどうしたら良いんだよ!!」

 

まだ、爺ちゃんに聞きたかったことがいっぱいあった。

 

今、コロナが世界的に流行し、人類は未曽有のパンデミックに襲われている。

 

感染症に気をつけること。

 

あの日、爺ちゃんはきっとそういう方向性で孫にメッセージを送ったのだろうと思ったり思わなかったりする。

 

ありがとう。爺ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選挙

私の父親は、その昔、村議会議員選挙に立候補した。

 

熱を帯びる選挙活動。1票が勝敗を分ける熱い戦い。

 

選挙活動のさなか、爺ちゃんの友達が家に来てこう言った。

 

「よし! 俺も1票入れるよ!」

 

だが、爺ちゃんの友達は字が書けなかった。

 

選挙当日、爺ちゃんは段ボールを名前の形にカッターで切り抜いていた。

 

ヤ マ ダ

 

「良いか?投票用紙にこの段ボールを当てて…鉛筆でなぞって字を書いてこい。それで投票できるから」

 

「分かった!行ってくる!」

 

爺ちゃんの友達は選挙に向かった。

 

投票が終わって、爺ちゃんの友達が帰ってきたが、何故か表情が冴えない。

 

爺ちゃんは尋ねた。

 

「どうした? ちゃんと投票できたか?」

 

「いや…段ボールどっちが上か聞いてなくて…こっちを上にして書いてきた…」

 

ダ マ ヤ

 

うん。

 

結果じゃないよ。気持ちが嬉しいってことあるよね。

 

あったかいじゃない。気持ちが嬉しいじゃない。

 

結果、父親は選挙に受かった。

 

きっと爺ちゃんの友達の1票は無効票だっただろう…

 

でも、どの1票よりも 必死に段ボールに沿って書いた

 

ダ マ ヤ

 

今でも、これが一番、あったかい1票だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじまり

「お母さーん。おーい。お母さーん。冷蔵庫にチーズあったろ?」

 

「えっ? なに? お父さん… チーズ? チーズならあるけど…」

 

「ちょっと急いで持ってきてくれないか?」

 

「なに? どうしたの? はい。これ、チーズだけど…」

 

「いや、ほら…チクワなんだけどさ…ここに穴空いてるだろ?」

 

「うん。空いてるけど…」

 

「ちょっと良いか? この穴にチーズ詰めてみようと思ってさ…」

 

「なに? お父さんどうしたの? だ、だ、大丈夫? 頭おかしくなっちゃったの?」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。どうしてもこの穴にチーズを詰めたいんだよ」

 

「たけし!たけし! 早く来てー!お父さんが…お父さんが…」

 

「どうしたの!? お母さん!」

 

「たけし!お父さんが…急にチクワにチーズを詰めたいって言いだして…止めてよ。たけし…お父さんを止めてぇ~!」

 

「ほら!たけし!見てみろ! チクワの穴にチーズが詰まっていくぞ! ほら!」

 

「どうしたんだよ? 親父… 仕事で疲れてるのかよ…話し聞かなくてごめんな。俺、ゲームばっかりしないで、これからはちゃんと親父の話し聞くよ。なぁ…親父…」

 

「母さん。これ、揚げてみてくれないか?」

 

こうしてあのチクワにチーズを入れて揚げたものが出来たんだと私は思っています。

 

あれ、めっちゃ美味くないですか?

 

はじめて はじめる。 

 

人に笑われても…止められても…勇気をもって初めて始めてみたいと思う今日。