きのみきのまま なすがまま

楽しもうと思わなきゃ楽しくないよ

いらっしゃいませ

大学時代にコンビニでバイトをした。

 

コンビニの業務はなかなか大変である。

 

2人1組で業務に携わる中で、僕には友人が出来た。

 

秋田出身の畑山くん。

 

朴訥とした雰囲気を持ち、時折、秋田訛りで話をする彼とはすぐに打ち解けた。

 

忙しい時間帯を過ぎ、深夜になると2人ともおかしなテンションになる瞬間がある。

 

ランナーズハイみたいな… 言うなれば、コンビニーズハイである。

 

ある夜、畑山くんがこんな提案をしてきた。

 

「いらっしゃいませ!を出来るだけ崩してみよう。お客さんにバレないギリギリのラインを攻めた方が勝ちね!」

 

その日から僕らは少しずつ「いらっしゃいませ!」を崩し始めた。

 

ふざけ過ぎてはいけない。気付かれたら負けなのだ。

 

僕らは来る日も来る日もギリギリ聞こえる「いらっしゃいませ」を探した。

 

ある日、畑山くんは自信満々に言った。「タケシ。俺、凄いのを見つけたよ」

 

彼は言った。

 

「ファッションセンスゥ~」

 

秋田訛りも相まって、これがギリギリ「いらっしゃいませ」に聞こえるのである。

 

「ファッションセンスゥ~」

 

これには負けを覚悟した。しかし、僕も負けていられない。必死に色々な言葉を呟いてギリギリの「いらっしゃいませ」を探した。

 

そんなある日、僕は凄い言葉を発見した。

 

「拙者のせい~」

 

これは畑山くんにかなりのダメージを与えた。

 

反省した侍の気持ちで早口で呟くのである。

 

「拙者のせい~」

 

勝ちを確信したある日、畑山くんがこう言った。「超えたよ。俺、拙者のせいを超えた」

 

「平たい胸~!」

 

これには驚愕した。今までのように早口で呟くのではなく、自信満々の大きな声で言ってもギリギリ「いらっしゃいませ」に聞こえるのである。

 

「平たい胸~!」

 

もうこれ以上のギリギリ聞こえる「いらっしゃいませ」はない。

 

僕は負けを認めようとその日のバイトのシフトに入った。

 

畑山くんは勝ちを自覚した雰囲気で自信満々に繰り返している。

 

「平たい胸~!」

 

ダメだ。もう負けを認めよう…

 

その時、コンビニにひとつの音楽が流れた。

 

「I Don't Want to Miss a Thing」

 映画:アルマゲドンの主題歌である。

 

歌っているのは…

 

Aerosmithエアロスミス)! 

 

晴天の霹靂とはこのことである。

 

天啓である。天の声。神の思し召しである!

 

「コレだ!」僕は叫んだ。

 

エアロスミス~!」

 

エアロスミス~!」

 

僕は声の限り叫んだ。

 

その時、ちょうど忘れ物を取りに来た店長が言った。

 

「タケシくん。ちょっと来なさい。なんですか?そのエアロスミスって?」

 

ギリギリを攻めたことに後悔はない。

 

安穏とした毎日に慣れてはいけない。

 

生きる上で、変化を恐れてはいけないのだ。

 

毎日毎日、僕らの細胞は生まれ変わっている。

 

4年で全ての細胞は入れ替わるのである。

 

4年後、誰もが細胞レベルで全く新しい自分なのだ。

 

失敗を恐れてはいけない。

 

失敗なんてないんだから。

 

僕らはいつも成功の途中なんだ。

 

エアロスミス~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月餅

昔、付き合っていた彼女はエキセントリックな人だった。

 

「ハガキって高いよね…切手と同じ値段だ」と切手付きハガキにまた切手を貼ったり…

 

「卵焼き作ってみたよ」と出された卵焼きには干し芋が巻かれていたり

 

「ノリがない…困ったな」と言い、ご飯粒をノリ代わりに…そこまではまだ許容範囲だが、ご飯粒がない時に自分のハナクソを代用品に使用したりしていた。

 

そんな彼女と横浜に出掛けた時に2人で中華街で月餅(げっぺい)を食べた。

 

 

本場の月餅はゴマ餡の味が濃くて、最高だった。

 

「うわぁ…これ、こんなに美味しいんだね♬ 烏龍茶とぴったり」大喜びの彼女。

 

その時の月餅の味が忘れられなかったんだろう。

 

旅行から戻った数週間後、「またあの中華街で食べたお菓子が食べたい!」と彼女が言い出した。

 

ただ、地元新潟には本格的な月餅を売っている店などない。

 

仕方なく僕らは近所のスーパーに出掛けた。

 

スーパーのお菓子売り場を探しても月餅は見つからない。

 

品出しをしている店員さんを見つけた彼女はテンション高く、小走りに店員さんに駆け寄り、満面の笑顔で聞いた。

 

「すみません。月経ありますか?」

 

「えっ…月経ですか?…もうありませんけど…」

 

「タケシくん。もう無いって!」

 

月経ではない。月餅である。僕らが探しているのは月餅なのだ。

 

その後、コンビニでヤマザキの月餅を探して食べた。

 

「これは月餅(げっぺい)って言うんだよ」と言いながら…

 

横浜の味はそこにはなかった。

 

探し物を探しても見つからない。

 

目的地に向かってもなかなかたどり着けない。

 

それでも、僕らには探したい物があったのだ。

 

それでも、僕らには行きたい場所があったのだ。

 

残念だと思えるとしたら、それは探したい物があった証拠だ。

 

道に迷っていると思えるとしたら、それは行きたい場所がある証拠だ。

 

今日も探そう。今日も迷おう。

 

あなたの月餅を探そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通とはなんだろう

ある朝、急に動けなくなった。

 

腰から下に力が入らない。足が全く動かない…

 

救急車を呼んだ。診断は椎間板ヘルニア

 

入院してしばらくするとおしっこが出にくくなってきた。

 

ヘルニアが悪化し、排尿障害が生じていた。

 

「このまま尿が出にくければ、尿道からカテーテルを入れておしっこを出しましょう。回復すればカテーテルを抜く。回復しなければ手術も検討が必要です」と主治医から説明があった。

 

その夜、看護師さんが部屋にやってきた。

 

尿道カテーテルの挿入について何か質問はありますか?」

 

「やっぱり怖いですね。痛いのかな…それと、どっちの穴に挿れるんですか?カテーテル上の穴ですか?下の穴ですか?

 

「えっ?なんですか?」

 

「いや…どっちの穴なのかな?って…上の穴ですか?下の穴ですか?

 

「えっ?…」

 

「おいおい…看護師さんを困らせるなよ。何を言ってるのよ?」

同じ病室で仲良くなった社長が話しかけてきた。

 

「いや…社長。真面目な話しですよ。尿道ってどっちの穴なのかな?って思って…」

 

「おいおい…何言ってんのよ? 尿道も何もチンチンには穴一つしかないでしょ?

 

その時、主治医の川上先生が病室に入ってきた。

 

「タケシくん。ちょっと別室で話をしようか?」

 

別室で先生は話し始めた。

 

「タケシくん。あのね…普通はね、尿道はひとつなんだ。でも、君は2つ穴が開いている。重複尿道っていう病気なんだよね」

 

「えっ…先生…僕、今までどっちかがおしっこで…どっちかが精子かと思ってました」

 

「違うんだよ。普通はチンチンの穴は1つなんだよ。まぁ、片方は繋がっていないし、気にしなくて大丈夫だよ」

 

「そうですか…でも、先生…この機会にどっちの穴がちゃんとした穴なのか教えてください」

 

「タケシくんは下の穴だね。まぁ、気になるなら家族にだけは伝えておけば良いんじゃないかな?今後、万が一、カテーテルを挿入する時に病院に伝えると良いだろうし…」

 

「分かりました…」

 

翌日、病室に来た父親に伝えることにした僕は真剣なトーンで話し始めた。

 

「お父さん。驚かないで聞いて欲しい。俺、チンチンに穴が二個あるんだ。今までみんな穴が二個開いていると思っていて…でも、機能的には何も問題ないから…」

 

「すげぇな。タケシ。無いよりあった方が良いぞ。お金も出会いもチンコの穴も」

 

「う…うん。お父さん。それでね、一応、お父さんには伝えておくけどさ。俺、下の穴がちゃんとした尿道だからさ。紙に書いておいて欲しい。万が一の時さ、すぐに分かるように…」

 

「おぅ!任せとけ!」そして、父親は床頭台にあったメモ帳を手に取った。

 

「でも、アレだな。これ、文字で書いても良く分からないだろうから。絵で描いておくわ!」

 

そう言って父親が返った後に床頭台に残されたメモには

 

 

と書かれていた。

 

「これ…ウーパールーパーみたい…。お父さん…縦だよ、縦…穴は縦…

 

そう呟いて、僕はメモを捨てた。

 

当たり前なんてことはない。

 

普通だなんて誰が決めた?

 

あなたの常識は誰かの非常識かも知れない。

 

常識を疑え。当たり前を疑え。普通を疑え。

 

あなたの真実を探すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

社長

ある朝、急に動けなくなった。

 

腰から下に力が入らない。足が全く動かない…

 

救急車を呼んだ。診断は椎間板ヘルニアの悪化による神経障害。

 

「まずは入院して安静にしましょう」とのことで入院することになった。

 

整形外科病棟は骨折や腰痛などで思うようには動けないが、それ以外の面では元気な人が多い。

 

私の病室は男3人。あっと言う間に仲良くなった。

 

私の斜め向かいのベッドの男性は40代。調理師をしていたが、仕入れた商品を車に乗せようとした時に重さで胸と腰を圧迫骨折して入院していた。「病院の飯はまずいだろ?たまにはマック食おうぜ!」と外出してマックを買ってきてくれたり、とても優しい兄ちゃんだった。

 

向かいのベッドの男性は50代。若い頃に会社を興していてみんなに社長と呼ばれていた。「昔は悪かったからさ、俺」が口癖で、若い頃のやんちゃをしていた頃の話を面白おかしく話してくれた。病室の明るい雰囲気はこの人が作り出していたと思う。

 

夜になり、就寝時間を過ぎても3人でくだらない話をして笑いあった。

 

ある日、「ところで何の病気で入院してんのよ?兄ちゃん」と社長が聞いてきた。

 

「いや…椎間板ヘルニアで…大学時代から調子悪かったんですけど悪化させちゃって…動けなくなっちゃいました。そういえば社長はどうしたんですか?」

 

「俺か?俺はさ、趣味でモトクロスのバイクやってんのよ!で、山を飛び越えた時に首を痛めちゃって安静よ。安静。むち打ちみたいなもんだね」

 

「社長、モトクロスやるんですね!すげぇ趣味だなぁ。怪我すること多いんですか?」

 

急に真剣な顔になった社長は語り始めた。

 

「若い時からバイクが好きでさ…まぁ…良く言えば走り屋、正式名称は暴走族だったんだよ。俺。で、ずっと暴走してる訳にはいかないだろ?そこで出会ったのがモトクロスだった訳。モトクロスにハマってさ…2年目かな…俺、大きな事故を起こしたんだ」

 

いつもの話とは違う雰囲気に真剣に聞く2人。

 

「高い山をジャンプした瞬間に気付いたらバイクを放しちゃってて…あっ!と思った瞬間に頭から地面に叩きつけられてた。フラッシュバックって本当にあるんだよね。落ちるまでめっちゃ時間が長くてさ…あぁ、俺、死ぬんだなって…」

 

「そこからは記憶全くなくて…医者と妻が話している声が聞こえてきたんだよ」

 

「奥さん。旦那さんは頭部を強く打っています。そして、頸椎を損傷しています。このまま意識が戻るかどうか…また意識が戻っても左側に麻痺が残る可能性が大きいです」

 

「先生…先生…何とかしてください。助けてあげてください…妻が泣き叫んでいるのがはっきり聞こえてさ…あぁ…これは大変なことをしてしまったって思ってさ…」

 

社長の目にうっすら涙が浮かんでいる。

 

「それでさ…俺、このままじゃダメだって思ったんだよ。何とかしなきゃって…。動け!動け!動け!って心の中で何度も繰り返した。そしたら右手が少し動いた気がしてさ。本当に少しだけど…」

 

「必死になったよ。夜中、誰もいない病室で少しだけ動いた右手に動け!動け!動け!って繰り返した。まだ声も出せないし、右手が少し動く感覚だけあったから…届け!届け!届け!って心の中で叫んでた」

 

社長の語り口に私たち2人も目にうっすら涙が浮かぶ。

 

「何時間、頑張ったかな…永遠って言葉を感じる時間だった。なんとか右側に寄せたんだよ。俺

 

「えっ?何ですか?右側に寄せたって?」

 

「えっ?」

 

「いや、社長…右側に寄せたって何の話ですか?」

 

「えっ?…いや、意識が戻っても左側に麻痺が残るって聞いたからさ…チンチンあるだろ?チンチン。左側にあったら麻痺っちゃうかも知れないと思ってさ…。何とかしてチンチンを右側に寄せたんだよ。動け!動け!動け!届け!届け!届け!って…」

 

社長はその後、麻痺も残らず、今も元気にモトクロスに乗っている。

 

社長が言っていた。

 

「どんな状況も楽しまきゃな」

 

今でも苦しい時に繰り返すことがある。

 

「動け!動け!動け!届け!届け!届け!」

 

届く先がチンチンだろうと…どんな物であろうと…諦めるな!

 

「動け!動け!動け!届け!届け!届け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観光地

それは高校一年の夏休みの朝だった。

 

「あれ?…お父さんは?」 

 

いつもなら腹を空かせた牛が牧草を貪り食うような勢いで朝食を食べているはずの父親の姿がない。

 

「なんかね…明け方に山に行くって言って…まだ帰ってこないのよ。何かあったんじゃないかと…」と心配する母親。

 

その時、けたたましいサイレンの音が朝の静寂を打ち破った。

 

ふと外を見ると、家の前の道路を何台ものパトカーが山に登って行った。

 

「なに?なに?お父さん…もしかして事故にあったのかも…どうしようタケシ…」

 

しばらくすると家の電話が鳴った。

 

「もしもし警察署ですが…お父さんなんですが、少しトラブルを起こしていて…今、電話代わりますので…」

 

「おっ!たけし、おはよう。あのな…俺、観光地を作ろうと思ってな。朝から木を切ってたんだけどよ。なんかそれ切っちゃいけない木だって言うんだよ。知らんよな。そんなこと(笑)」

 

「なに?お父さん。何言ってんの?観光地を作るってどういうこと?ちょっと警察の人に電話代わって」

 

「あっ、息子さんですか?お父さんね。なんかここに観光地を作るんだって繰り返してて…お父さんね、国有林を切っちゃったんですよ。分かります?国の木ね、日本国の木。これ勝手に切っちゃまずいんですよ。今、役所の人に連絡して対応してもらいますからね。また連絡します」

 

「お母さん。お父さん 国有林切っちゃったんだって!」

 

「えー!それどうなるの?お父さん捕まるのかしら…もう、本当嫌だわ。あの人」

 

それから2時間ほど経って父親が軽トラに乗って帰ってきた。

 

「お父さん。どうしたの?大丈夫だったの?何やってんだよ!」

 

「おー。たけし。危なかったわ。まぁ、色々あったけど、話しついたから大丈夫だ」

 

母親は泣いていた。父親は泣いている母親をじっと見つめて言った。

 

「ダメだよな。国有林です!って書いておいてくれなきゃ」

 

そこじゃないよ。そこじゃないんだよ。お父さん…

 

結局、どんな話し合いが行われたのか分からない。ただ、父親は逮捕されず、その後も山に通った。

 

そして、1か月後…

 

「たけし。観光地が出来たぞ。八方の風穴だ!」

 

何がどうなったのか…この八方の風穴は市の広報にも乗り、新聞やテレビなどにも紹介された。そして、いつの間にか駐車場まで作られ、多くの人が訪れることになった。

 

www.joetsutj.com

 

僕は思う。

 

父親は村に伝わっていた伝説と言っていたが、それは父親が創り上げた伝説だろう。

 

「たけし。国定忠治について調べてくれ」

 

ある日、急に国定忠治について調べ始めた父親。

 

父親は人面岩と言っていたが、人面岩と名付けたのは父親ではないか。

 

「たけし。お前、石掘れないか?顔っぽく見えるように掘って欲しいんだよなぁ」

 

そう言われたことを覚えている。

 

動かなきゃ始まらないことがある。

 

結果なんて分からない。分かる訳ない。

 

過去には戻れない。未来は不確か。

 

確かなのは今だけ。

 

今を生きるんだ。

 

動く前にやり方を考えても始まらないだろ?

 

動きながらやり方を考えるんだ。

 

人生は旅だ。目的地に辿り着くことが目的じゃない。

 

目的地までの道のりを楽しむことだ。

 

観光地がないなら作っちまえば良い。

 

伝説がないなら作っちまえば良い。

 

人面岩が欲しければ掘っちまえば良い。

 

国有林は切っちゃダメだけど…

 

滅茶苦茶な人だが、滅茶苦茶だから出来ることがあるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商売の基本

書道家に字を褒められた父親は旅館の至る所に字を書き、貼り出し始めた。

 

「タケシ!どうだ!この言葉。凄いだろ?深いだろ?」   

     f:id:motimattya:20220413232718j:plain

 

あたかも自分で思いついた名言のように話すが、これは新選組近藤勇の言葉だった。

 

「お父さん。ダメだよ!これ、パクリでしょ!自分の言葉みたいに書いたら問題だよ」

 

「ダメか…分かった…」

 

しばらくして父親から電話が来て「凄い素敵な言葉を思いついた。書いてみたから見に来てくれ!」と言われた。旅館につくと、大きな文字で…

 

f:id:motimattya:20220417174929j:plain

 

と書かれていた。

 

「あいだみつをだ… コレ、あいだみつをの『だってにんげんだもの』じゃないか…」僕は震えた。

 

「良いだろ? この言葉… やっぱ人間じゃん! いやぁ…深いよなぁ…」

 

それから数日するとまた父親から電話があった。

 

「タケシ。俺、凄い商品を思いついたんだよ。ちょっと来てくれないか?」

 

旅館に着くと父親は真剣な顔で語り始めた。

 

「あのな。今日、シートベルトの取り締まりしてたんだわ。で、ほら。山田ん家の爺ちゃん、可哀想に捕まっててさ…その姿見てたら…俺、思いついたんだわ!」

 

そう言って父親は真っ白なグンゼのシャツを取り出した。

 

そのグンゼの白シャツはマジックで斜めに真っ黒な線が描かれていた。

 

「どうだ!コレ。このシャツ着てれば、もし、シートベルトをするのを忘れてしまっても…パッと見たら、シートベルトしてるように見えるだろ? コレは売れるぞ!」

 

「お父さん。ダメだよ。2重の意味でダメ。法律違反だし、売れないよ…」

 

そして、ある夏の日に父親から電話があった。

 

「カブトムシを売るぞ! これからはカブトムシの時代だ!哀川翔も言ってるぞ!」

 

旅館に行くと何十匹ものカブトムシがいた。

 

「村で取れたカブトムシ!100円!」 と大きな文字で看板が書かれていた。

 

「お父さん こんなに沢山のカブトムシいつ取ったの?」

 

「あー、これか。外国産のやつ業者から買ったんだ。で、しばらくそこに放しておいて、また取ったんだよ。生まれは外国、育ちは日本だ

 

熊本産あさりと同じ手法である。あさりより何十年も前にこの国ではカブトムシ偽装が行われていたのである。

 

翌日、仕事に出勤すると会社の上司が話しかけてきた。

 

「タケシくん。今朝ね…深夜にゴーン、ゴーンって大きな音が聞こえて…外を見たらお父さんが看板を道路沿いに打ち付けていたよ…」

 

カブトムシ100

 

その看板を父親はバイパスの降り口から旅館までの10㎞程の距離に何百本と打ち付けていた。

 

無許可。許可など取っていないのである。

この人にあるのは勢いだけだ。

 

カブトムシ100の看板は話題になり、新聞にも掲載された。

 

それから数日後、旅館に行くとカブトムシがいなくなっていた。

 

「お父さん カブトムシは?どうしたの?」

 

「あー、アレか。看板見た人がまとめて買っていったわ。ガーナ人だったかな?なんか外国の人がまとめて欲しいって言ってな。まとめて買っていったわ」

 

帰ったのである。

 

外国生まれ、日本育ちのカブトムシは外国に戻ったのだ。

 

セブンイレブンやローソン、ファミリーマート…それぞれのコンビニで多量にパンを購入してきて旅館で売っていたこともある。

 

ローソンの『からあげくん』に影響を受けたのであろう。

 

旅館で揚げた唐揚げをパックに放り込んで…「出来たぞ!『からあげさん』だ!」と売っていたこともある。

 

とんでもない父親だが、貫き通していた信念がある。

 

笑売繫盛

 

商売ではなく、笑売

 

商品を売るのではなく、笑いを売る。

 

コンビニのパンも定価で売っていた。遠くの店に買い物に行けない爺ちゃん、婆ちゃんがパンを買えるように。

 

カブトムシも人口が減り、話題のない過疎の村を盛り上げるための話題づくり。

 

儲けはあとからついてくる。

 

見返りを求めず… 喜んでもらうこと。笑ってもらうこと。

 

商売の基本。笑売の基本。

 

素敵な信念な気がするこの頃…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はみ出しちゃう

父親は旅館に勤めていた。

 

旅館とは言うが、食堂はあるわ、冠婚葬祭や法事は行うわ、飲み会も…そして、食材や洗剤なども売っている商店みないな店も併設していた。

 

そして、この謎の旅館で父親の肩書は調理師だったが、仕入れから調理、バスでの送迎、冠婚葬祭の司会、店番から何から何までやっていた。

 

「破茶滅茶」「滅茶苦茶」:全く筋道が通らないこと、前後を考えずに行動すること、度を越していること。 父親を表現する時には、この言葉が一番しっくりくる。

 

まずは、この写真を見て欲しい。

 

f:id:motimattya:20220326091812j:plain

 

これである。手書きでこういう看板を書きまくる、むしろ書き殴るのである。

 

そして食堂を見て欲しい。

 

f:id:motimattya:20220326092214p:plain

 

どうしてこうなるんだ? 

左上の親子丼と右下の親子丼は違う親子丼なんですか? お父さん…

何かの間違え探しですか? お父さん…

 

一度、精神科医が食事をしに来た時に真剣に父親のことを心配していたという…

 

僕は子供心に父親が書く看板が恥ずかしかった。

 

ある日、父親と旅館でお茶を飲んでいると、一人のお客さんが父親に話しかけてきた。

 

「いやぁ。凄い字ですね。どうしたらこんな字を書けるんですか?」

 

父親は答えた。

 

「あー。あれだな。みんな紙の大きさや、看板の大きさに縛られるだろ? 縛られちゃダメ。はみ出して良いんだよ。紙や看板からはみ出て、道路に書いちゃうくらいの勢いで書くんだよ」

 

「ほぅ… 一度、書いてもらえませんか?」

 

そして、父親はそのお客さんの前で看板に字を書くことになった。

 

「失礼ですが、墨は何をお使いですか?」

 

「墨? 墨なんか使わねぇよ。看板だぞ。看板。このペンキだよ、ペンキ」

 

「ペンキですか… 失礼ですが、筆は何をお使いですか?」

 

「はぁ?筆? 筆なんか使わねぇよ。ペンキを塗るハケあるだろ?アレだよ。アレ」

 

そう言って父親は看板にペンキとハケで字を書こうとした。

 

「あれ?タケシ。お前、ハケ知らねぇか? ペンキを塗るハケねぇな…」

 

「おぅ…それじゃぁ、今日は書けませんか?」

 

「いや、ハケなんかいらねぇよ。これで良いや。これで」

 

そう言って父親は亀の子タワシを使って、看板に字を書き始めた。

 

「てや! ほら。よし。ほれ!! ほら。出来たぞ」

 

「はぁ~、タワシで字を書くんですか…」

 

「タワシが無ければこうするわ!」

 

そう言って父親は手にペンキをべったりつけて字を書き始めた。

 

「これで良し!と…」

 

数日後、旅館に手紙が届いた。

 

有名な書道家の方からだった。そこには「個展を開くので字を描いてもらえないか?あなたの作品も飾りたい」と書かれていた。

 

「面倒くせぇ。これから法事の準備で忙しい」と父親は断った。

 

縛られるな。

 

囚われるな。

 

与えられたキャンパスからはみ出て良いんだ。

 

常識を疑え。

 

習字は筆と墨で書くと誰が決めた?

 

ペンキとハケで良い。それすら無ければ、タワシや手でも字は書ける。

 

はみ出て良いんだ。

 

f:id:motimattya:20220326100205p:plain